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【第3話】それぞれの弱点。最低評価の適性テスト

翌日。


学園の広大な第3演習場に、アルノたちDクラスの生徒20名が集められていた。


離れた場所では他のクラスも集まり、説明を受けている。


「今日の実習は、お前らの現在の実力を測るための適性チェックだ」


相変わらずヨレヨレの白衣を着た担任のロイドが、欠伸を噛み殺しながら説明を始める。


「ジョブ(職業)の系統によってテスト内容は違う。クラフター(魔導工匠)などの後衛・サポート職と、前衛や魔法職で分かれろ。特殊職は…シルフィアだけだな。お前はあそこに合流しろ。」


その言葉に従い、Dクラスの生徒たちはそれぞれのエリアへと移動していく。


アルノはサポート職のエリアへ。


ミラ、カイルは前衛エリアへ。


シルフィアは一人、別のエリアへと向かった。



ーー



アルノに用意された課題は、初歩的なルーンキャスト(魔導鋳造)。


内容は『魔導板へ直径5センチの、基礎的なルーン・サーキット(魔法陣)の刻印』だった。


「制限時間は三分。一斉に、開始!」


一般的なクラフターにとっては、時間内に終わって当然の作業だ。


試験官の無機質な声と共に、アルノはエーテルコンバーターを右手にはめ、魔導板に向かう。


アルノの出力0.01という数値は、魔力を放出する穴のサイズが極端に小さいことを意味している。


そのため今回の課題のような一般的な太さと大きさの線を引く場合、極細のペンで広い面を一本一本塗り潰していくような作業になり、絶望的に時間がかかってしまうのだ。


(うん、やっぱりこの線の太さはきついね)


「そこまで。タイムオーバーだ」


試験官の冷酷な声が響いた時、アルノのルーンはまだ半分しか完成していなかった。


「……出力が低すぎて刻印速度が話にならない。評価は最低のFだ。次!」


「だよねー」


試験官の厳しい評価にも、アルノはあっけらかんとした様子で未完成の魔導板を置き、涼しい顔で列を離れた。



ーー



一方、少し離れた戦闘職のエリアからは、鼓膜を揺らすような激しい爆発音が響き渡っていた。



ドオォォン!


「キャアアッ!」



短い悲鳴と共に、分厚い土煙が三十メートル先の演習用防壁付近で舞い上がる。


「バカ者! 魔力の制御が全くできていないじゃないか!判定Fだ!」


厳しい試験官の怒号が飛んだ先には、煤まみれになった大きな魔女帽子を押さえ、咳き込むミラの姿があった。


彼女に与えられた実習課題は、少し離れた直径1mの的を魔法で撃ち抜く、簡単な『的当て』だった。


大講堂での測定時、彼女はAクラスに匹敵する高い魔力量と出力を記録していた。


しかし、その有り余る強大な魔力を一点に収束させ、コントロールする繊細さが致命的に欠けていたのだ。


的を狙って放たれた彼女の炎弾は、的を大きく外れた上に、演習場の防壁バリアに直撃して盛大な暴発を起こしてしまったらしい。


「だからDクラスなんだよ」


「あんなの、実戦じゃ味方ごと吹き飛んじまうよ」


遠巻きに見ていた他のクラスの生徒たちから、容赦ない嘲笑とヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。


「ご、ごめんなさい……!」


ミラは顔を真っ赤にしてうつむき、悔しそうに下唇を強く噛み締めた。


魔法の威力が高いことは証明されたが、これでは『暴発する爆弾』と同じ扱いを受けても仕方がない。


(なるほど。出力が高すぎても、制御できなきゃ実戦じゃ使い物にならないもんね。あれが彼女のDクラスになった理由か)


自分の実習を早々に終え、少し離れた場所からその様子を観察していたアルノは、一人納得して小さく頷く。


ミラの肩はかすかに震え続けていた。


先ほどまで見せていた、あの明るく愛らしい表情はすっかり消え失せ、今はただ、深い落胆だけがその全身を包んでいる。


ーー



続いて、別の試験官の声が響いたのは、前衛であるヘビーナイト(重騎士)向けのテストが行われているエリアだった。


「そこまで! 次、カイル・ヴァン・ブラッドレイ!」


ドスッ、という大きな盾を地面に突き立てる、鈍い音が響き渡る。


カイルの恵まれた体格と、大講堂で示された高い魔力量は、前衛の壁役として申し分ないスペックだ。


彼の課題は、巨大なゴーレム(魔造人形)の猛攻を一定時間防ぎ切る『耐久テスト』だった。


カイルは重い物理打撃を真っ向から受け止め、歯を食いしばって見事に規定の時間を耐え抜いた。


「よし、判定Aだ。テストを終えた者は、あちらの待機エリアでヒールを受けろ」


待機エリアでは回復型のマジックキャスター(魔導師)志望の生徒が、ヒールのテストを待っている。


「ヒールもテストの一環だ。回復が足りない場合は、ポーションで補え。」


試験官の指示に従い、テストを終えてフラフラになった生徒たちが次々と回復の光に包まれていく。


だが、カイルだけはその列に並ぼうとしなかった。


「おいカイル、お前も早くヒールを受けろ。次の訓練に支障が出るぞ」


試験官が声をかけるが、カイルは苛立たしげに顔を背けた。


「……オレは、ポーションだけでいい」


「なんだと? 強がっている場合か!」


「……オレは…いいんだ…」


カイルはポツリと呟くと、フラフラとその場を後にした。


(うーん、なんでだろう。前衛として立派にゴーレムの打撃に耐え切ったのに、わざわざ回復を拒否するなんて……。あれじゃあ次の戦闘ができないよ。もしかして、それが彼がDクラスに落ちた理由なのかな?)


アルノは眼鏡の奥で目を細め、痛みに堪えながら不器用に去っていくカイルの大きな背中を、不思議そうに見つめていた。



ーー



最後は、特殊職のエリア。


そこでは長身の美少女シルフィアが、小さな土の畑の前に立っていた。


彼女のジョブは、精霊に語りかけ、魔力を分け与えることで彼らを使役するテイマー(魔獣使い)の一種、エレメンター(精霊使い)だ。


エレメンターは非常に珍しく、精霊の姿を見、そしてその声を聞くことができる。


その適正だけでもエリートと呼ばれるジョブだ。


課題は『畑への水やり』。


水属性の精霊を数匹呼び出し、適度な水流を降らせるという、エレメンターには基礎中の基礎である。


「シルフィア・エーテリス、開始」


試験官の合図とともに、シルフィアは目を閉じ、静かに魔力を練り上げ、右手に持った『タクト』と呼ばれる、細く短い杖で魔力を操作し始めた。


アッシュグリーンの長い髪がふわりと舞い、エーテル(魔力の元)の小さな粒子と共に、彼女の周囲に少しずつ水滴が集まり始めた。


「お願い…、ウチに少し力をかして…」


だが次の瞬間、シルフィアの顔が苦痛に歪んだ。


「あ……う、くっ……!」


彼女はタクトを手放し、長い髪の上から、耳のあたりを両手で強く塞ぎ、土の上にうずくまってしまったのだ。


まるで、周囲の誰にも聞こえない『何か』の音に激しく苛まれているかのように、彼女の華奢な肩が小刻みに震えている。


主からの指示を失い、空中で迷うように揺らめいていた微かなエーテルの光は、やがてふっと空気に溶けるように消え去り、わずかな水滴はその場の地面に落ちてしまった。


「そこまで! 何をしている。頭をかかえてしゃがみ込んでも、水は撒けんぞ。判定F、次!」


「……すみません…」


試験官の容赦ない声に、シルフィアは消え入りそうな声で謝罪し、フラフラと立ち上がった。


「なんだよあいつ、立ってるだけじゃん」


「水やりもできないなんて、ただの綺麗なカカシだな」


またしても周囲の生徒から飛んでくる心ない嘲笑。


シルフィアはさらに深くうつむき、逃げるようにその場を離れた。


地面に落ちた水滴は、もうすでに乾いていた。


(すごい、彼女はエレメンターなのか。でも、ここからじゃ何が起きたかよく分からなかったなぁ)


遠巻きに観察していたアルノは、少し気の毒そうに彼女の背中を見送った。



ーー



全ての実習が終わり、夕暮れが近づく第3演習場の片隅。


そこには、どん底の空気を纏ってうなだれるミラ、全身傷だらけで壁に背を預けるカイル、そして膝を抱えて小さく丸まるシルフィアの姿があった。


「うーん、見事にみんなボロボロだね」


一人だけケロリとしているアルノが苦笑いしながら歩み寄るが、三人は顔を上げる気力すらない様子だ。


上位クラスからの冷たい視線と嘲笑は、彼らの心を確実に削り取っていた。


「あなたたち、Dクラスの新入生ね。お疲れ様」


ふいに、春風のような柔らかい声が降ってきた。


見上げると、そこにはふんわりとしたウェーブのかかった明るい茶髪の女性が立っていた。


豊かな胸元と、全てを包み込むような優しい笑顔。


彼女が歩み寄るだけで、周囲のトゲトゲしかった空気がふっと和らぐ。


「私はCクラス担任のセリア。セリア・フローレンスよ。マジックキャスターの指導をしているわ」


セリアはしゃがみ込み、土で汚れたミラの帽子を優しく払った。


「初日の実習はどうだった? うまくいかなくても、気に病むことはないわよ。誰にだって向き不向きはあるし、学園生活はまだ始まったばかりなんだから」


その分け隔てのない温かな言葉に、ミラは思わずポロリと涙をこぼし、シルフィアも少しだけ顔を上げた。


警戒心の強いカイルでさえ、毒気を抜かれたように押し黙っている。


「キミは……クラフター志望の子ね? さっきのルーン・サーキット、とても丁寧で綺麗だったわよ」


セリアは立ち上がり、アルノに向かってふわりと微笑んだ。


「ありがとうございます、フローレンス先生」


「ふふっ、セリアでいいわ」


生徒から絶大な人気を誇るという噂も納得の包容力。


落ちこぼれの烙印を押されたDクラスの生徒たちにとって、セリアの存在は暗闇に差し込んだ一筋の光のように見えた。


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