【第2話】ようこそ、落ちこぼれのDクラスへ!
大講堂での測定が終わり、新入生たちはそれぞれのクラスへと振り分けられた。
振り分けの際に手渡されたバッジは、小さな六角形で、学年を表すブルーの塗装の真ん中に「D」という文字が金色に輝いていた。
アルノに割り当てられたのは、最底辺とされる「Dクラス」だった。
「少し遅くなったかも。でもこの学園、ルーンだらけなんだもん」
バッジを襟に着けながら、案内された教室の扉を開けると、そこは拍子抜けするほど普通の空間だった。
下位クラスだからといって設備がボロボロというわけではなく、真新しい机や大きな黒板、窓から差し込む陽光は他のクラスと何も変わらない。
ただ一つ違ったのは、教室内がひどく重苦しい空気に包まれていることだ。
20名分の席は窓側最後尾1つを残し、すでにうまっていた。
どうやらアルノが最後の1人らしい。
「おはよう。ボクはアルノ。よろしくね。」
空いている席に座りながら明るく声をかけると、周りの席の3人はそれぞれ不満げな視線を向けてきた。
「……ミラ。ミラ・フォルテシモよ」
前の席の少女は振り返り、そっけなくそう言うと、すぐにツンとそっぽを向く。
オレンジ色のくせっ毛に、やや大きめの魔女帽子をかぶった少女だ。
不機嫌そうにしているが、丸顔で可愛らしい顔立ちをしている。
「オレはカイルだ」
右隣の席から腕組みをして睨みつけてきたのは、暗めの茶髪を後ろでひっつめ、制服がはち切れそうなほどガッチリとした体格の巨漢。
赤い瞳と眉間のシワのせいでひどく強面だ。
「ウチは、シルフィア……」
最後に消え入りそうな声で答えたのは、斜め前の席に座る深い緑の瞳とアッシュグリーンの長い髪を持つ長身の少女。
思わず見とれるほどの美貌の持ち主だが、その視線はうつむきがちで、どこか心を閉ざしているように見えた。
(なんだか、すごく個性的なメンバーだな)
「席につけー。ホームルームを始めるぞ」
その時、気の抜けた声と共に教室の扉が開いた。
ヨレヨレの白衣に無精髭、ボサボサの灰色の髪を掻きむしりながら入ってきたのは、どう見てもやる気のない中年の男だった。
左手には、甲にルーンが刻まれた指抜きグローブをはめている。
これはクラフター(魔導工匠)の証である出力変圧器、エーテルコンバーターだ。
(担任の先生もクラフターか)思わず、アルノの口元に嬉しさがにじんだ。
ーー
「俺はロイド・アッシュ。お前らDクラスの担任だ。ロイドでいいぞ。」
気怠げに教卓に寄りかかったロイドは、黒板の端に置いてあった短いチョークを無造作に手に取った。
カツ、カツと、静まり返った教室に無機質な音が響く。
黒板に殴り書きされたのは、AからDまでのアルファベットだった。
「いいか。お前らも薄々感づいてるだろうが、この王立グラン・フォリア魔導学園は完全な実力主義だ。だが、大講堂で測った魔力量と出力の数値だけが絶対の基準ってわけじゃねえ。その後に続いた様々な適性測定……お前らの中にもそこで弾かれた奴がいるだろうが、それらも含めた総合評価でクラスが割り振られている」
ロイドの言葉に、教室の空気がさらに一段と重くなった。
オレンジ色のくせっ毛を揺らし、ミラが悔しそうに下唇を強く噛む。
巨漢のカイルは腕組みをしたまま、苛立たしげに舌打ちを一つ落とした。
そして長身のシルフィアは、両手で顔を覆い深くうつむいている。
その背は痛々しいほど小さく見えた。
アルノは出力を測った時点で打ち切られたため受けていないが、彼らはおそらく魔力量や出力が高くても、その後の測定で何かしらの致命的な結果を出してしまったのだろう。
彼らがなぜ最底辺であるDクラスに落ちたのか、今のアルノには知る由もない。
だが、それぞれが強い不満や事情を抱えていることだけは、ひしひしと伝わってきた。
「トップエリートのAクラスから順に降りてきて……お前らは、最底辺の掃き溜めってわけだ」
わざと挑発するように、ロイドは無精髭を撫でながら鼻で笑った。
ロイドの容赦ない言葉に、教室の空気がさらに沈み込む。
だが、彼はそこで言葉を切ると、意地悪く口角を上げた。
「……なんて、ここで絶望して腐るようなら、さっさと荷物をまとめて田舎に帰れ」
バンッ!
と手で教卓を強く叩き、ロイドは眠たげな目をわずかに細めて生徒たちを見渡した。
「この学園には学年末に行われる『クラス入れ替え戦』とも呼べる制度がある。その時の実技試験や合同実習において、クラス単位で結果を出し、評価ポイントを稼げば、クラスの格付けそのものをひっくり返すことが可能だ。お前らが優秀なら、来年はここがCクラスになる。逆に、上の連中が胡坐をかいていれば、教室ごとここに落ちてくる。つまり、入学時の振り分けが一生続くわけじゃねえ。将来のためには、3年の卒業時に上位クラスになっていることが大切だ」
ロイドはそこで一度言葉を切り、黒板に書かれたBとCの間に、チョークで太い線を一本引いた。
「だが、よく聞けよ。この入れ替えには絶対のルールがある。1年時と3年時の学年末は、この壁を越えることはできない。つまり、上層の『AとB』、下層の『CとD』の間でしか順位の入れ替えは発生しない」
その言葉に、教室の空気が再び重く沈んだ。
「どれだけお前らがこの学年末に死に物狂いでポイントを稼いでも、来年上がれるのはせいぜいCクラス止まり。AやBの特権階級を引きずり下ろすことは絶対にできないシステムになっている」
絶望的な宣告。
ミラが、
「そんな……」
と呟き、カイルの顔がさらに険しくなる。
「ただし!」
再び教卓を叩き、ロイドは黒板の太い線を指で雑に消した。
「2年時の学年末だけは別だ。ここでは学年全体での『無制限入れ替え』が行われる。上下の壁は完全に撤廃され、全クラスの2年間の総合評価ポイントによって、すべての順位が再編成される。つまり、その総入れ替え戦で圧倒的な結果を出せば、俺たちDクラスが一気に入学時トップだったAクラスへ成り上がることも可能だ。エリート共の鼻を明かす、最大にして唯一のチャンスってわけだ」
その言葉を聞いた瞬間、カイルの赤い瞳にギラリと闘志が宿り、ミラも顔を上げて強く拳を握りしめた。
シルフィアはまだうつむいたままだが、膝の上でぎゅっと制服のスカートを握りしめている。
そして、最後列に座るアルノは――。
(なるほど、2年時に実力で一気にひっくり返せるシステムなんだ。面白いね)
涼しい顔をしているが眼鏡の奥の瞳は、ひっそりと微笑んでいた。
出力0.01の底辺から、最高峰のAクラスへ。
おじいちゃん直伝の技術を王都中に見せつけるには、これ以上ない最高の舞台だ。
「だがっ!」
ロイドの低く冷たい声が、再び教室の空気を引き締める。
「過去DクラスがB以上に上がったことはない。さらに多くの生徒が卒業を待たずに退学していくのが現実だ。教室や設備が同じでも、この学園に巣食う『階級への執着』は異常だからな。上位クラスからの容赦ない見下し、実技での理平尽な扱い……お前らは今日から常に、針のむしろに座らされることになる」
ロイドは面倒くさそうに首を鳴らし、再び教卓に寄りかかった。
「這い上がるか、潰されるか。せいぜい、荷物をまとめる準備でもしながら足掻いてみろ。……今日のホームルームはここまでだ。明日はさっそく、魔力基礎の実習をやる。遅れるなよ」
それだけ言い残すと、ロイドは入ってきた時と同じように、気の抜けた足取りで教室を出ていった。
バタン、と扉が閉まる音が響く。
重苦しい沈黙が落ちた教室で、真っ先に動いたのはカイルだった。
乱暴に立ち上がり、誰にともなく鋭い一瞥をくれると、椅子もなおさず無言で教室を出ていく。
「ちょっと、あんな態度……!」
ミラが抗議の声を上げるが、カイルの背中はすでに廊下の奥へと消えていた。
シルフィアもまた、おびえたように鞄を抱え、逃げるように小走りで去っていく。
「うーん、仲良くなれるといいんだけどなぁ。」
とつぶやくアルノ。
アルノ以外の残された生徒たちは、ザワザワと今後の不安を口にしていた……。




