貝の怪
これは私が子供のころ、お母さんと一緒に近所の浜辺に朝の散歩に行った時の話なんですけど……。
お母さんは浜辺で貝殻を見つけるのが好きで、一緒に探してたんです。冬でとっても寒かったのを覚えてます。でも、浜辺でお母さんと歩いてると不思議と暖かくて。
それで、お母さんが「珍しいの見つけた!」って言ってきたんです。喜んでました。片手にちょっと収まりきらないくらいの貝殻でした。たしかに見たことない感じで、綺麗な貝でした。
お母さんは貝から波の音を聞こうとして、耳に貝をぴたっとくっつけたんです。いつもそうします。そうしていたら、急に黙って、立ったまま動かなくなっちゃって。貝殻も砂浜にぽろっと落としました。
「? お母さーん?」
私は近づいて、正面に立ちました。
「ひっ」
お母さんは白目を向いて小刻みに震えていました。口は半開きで、泡を吹きながらよだれがぽたぽたと滴り落ちていて。
「お母さん! 大丈夫!?」
どうしたらいいかわけもわからず、私は背中を叩いてみました。すごく硬くてピクリともしませんでした。救急車を呼ぼうと思ってスマホに手を伸ばしました。すると、お母さんは海に向かって歩き出したんです。
「ちょっとどこいくの!?」
お母さんのコートを引っ張って食い止めようとしました。でも、車みたいに強い力で進んでいくんです。母はとうとう海に入りました。この日の海は極寒です。
私も海に入りました。心臓が止まりそうなくらい冷たいです。もっと頑張ってお母さんを引っ張りました。どれだけ引っ張っても、ダメでした。叫んで助けを呼びましたが、近くには誰もいませんし、時間もありません。
私は必死に考えました。
――貝殻。
ほとんど、直感みたいなものだと思いますが、あの貝のせいだと思いました。そんなに思考が巡っていたわけではありません。
お母さんが波の音を聞いていた貝殻が落ちている砂浜へ全力疾走しました。
私は貝を拾うと、さらに防波堤まで走ってコンクリートに叩きつけました。貝は砕けました。この時、気味の悪い声がしました。
「きゃあ!!」
お母さんの悲鳴です。
振り返ると、お母さんはもうすでにみぞおちくらいまで海に漬かっている状態でした。でも、正気を取り戻したみたいです。
私はお母さんを迎えに海に入りました。お母さんは寒くて、紫になった唇が震えていました。
「なにこれ? 私、どうしちゃったの?」
「わからないよ。急に海に向かって……」
その時、私は見たのです。
海の向こうに漂う、黒い人の影みたいなものを。
そして人影はこう言いました。
「あと少しだったのに」って。




