ネギの匂い
結局、レンの言う通り、寝るだけで午後が終わった。
昼寝から目覚めたレンはあくびを一つ。
「おそよう」
と、言うと頭をボリボリ。
立ち上がると、掻くのが寝起きの癖なのか、今度は腰のあたりをボリボリ掻きながら、部屋から出て行った。
しばらくすると、食べ物の香りがしてきた。
匂いにつられて、俺も部屋から出た。
段差を降りる。
(これ、土間というやつでは⋯⋯)
すのこに感動を覚え、カラコロ、と音の鳴る履物を履く。
大きな背中が目に入る。
レンが御飯を作っていた。
驚いたことに、家の中で火を焚いていた。
「火事⋯⋯!?」
「⋯⋯違うよ。薪だよ。ガスも通ってないから、こうやって食材に火を通してるの」
レンがわざわざ説明してくれた。
「⋯⋯こんなことで驚くなら風呂と便所で卒倒するんじゃない?大丈夫?」
「なにか違うの?⋯⋯ベンジョ?」
「⋯⋯トイレ」
(なにが、違うんだろう⋯⋯)
首を傾げる俺にレンが、ふっ、と微笑むと俺に向けて手を伸ばす。
途中で、なにかに気付いたかのように止まると、俺の鼻に付くか付かないかのとこまで手を伸ばす。
「⋯⋯なに?」
「⋯⋯嗅いでみて」
(なんで?)と思いながら、嗅いでみた。
「⋯⋯臭い」
その言葉にぷはっ、と吹き出したレンは、「食材のニオイだよ」と、教えてくれた。
「これは、ねぎのニオイ」
玉ねぎも同じ匂いがすると言う。
言われて、玉ねぎのみじん切りをしていた律を思い出す。
(律もそんな匂いさせてたのかな?)
今度嗅がせてもらおう、と思って、はた、ともう会えないことに今さら実感する。
(そうだ⋯⋯。俺自分の意志で出てきたんだ⋯⋯)
会いたくない、という思いで出て来たのに。
会えない、と思うと、今さら心にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚える。
「おかずは昼食べたものと同じものになる。ごめんね。味噌汁と御飯は新しいから」
「うん⋯⋯?良いよ。全然。作ってくれてありがとう」
お礼を言うとレンは笑って
「どういたしまして」
と、返してきた。
「もう、御飯できるからね」
と言われ部屋で待っておくようにと言われた。
待っていると、お昼と同じように「おまたせ」と言いながら、レンが鍋を両手に持って入ってきた。
やっぱり机の上の鍋敷きに置いた。
「レンのそれ、わざと?」
「え?ああ⋯⋯」
鍋を床に置き直したレンは、ちょっと恥ずかしそうに頬が赤い。
「わざとじゃなくて、癖だよ。一人で食べてる時は、これで事足りるから」
「ふうん」
レンは、部屋を出ていって昼と同じようにおかずや御飯を盛った茶碗や、お椀を運んでくる。
「明日、運ぶの俺がやるよ」
言うと、「そ?ありがとう。でも、段差が高いから段差に慣れてからで良いよ」と言われた。
いただきます。
「味噌汁に玉子⋯⋯入ってない」
「⋯⋯入ったのが食べたかったの?」
「うん」
「⋯⋯あれは、朝の特別なんだ。鶏が産んだやつだから」
「⋯⋯鶏が産んだの?」
「そうだよ」
「鶏がいるの?」
「そうだよ?明日の朝⋯⋯夜明けにけたたましく鳴くよ?きっと、起こされるからその時、行ってみたら良い。畑の横の小屋にいる」
(養鶏場じゃないのに、家にいるんだ⋯⋯)
ワクワクする。
「⋯⋯貴重な卵、昼にお味噌汁の中に入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」
レンは言うと、俺の頭をガシガシと撫でた。
「⋯⋯さっきも、こうしたかった。ネギ切ってたから出来なかった」
「⋯⋯そう?」
(撫でるような要素、あっただろうか?)
「お米がピカピカしてる⋯⋯」
茶碗に盛られた御飯を見ながらつい感想が漏れた。
「炊きたてだからね」
「ううん、きっと仕込むのが上手なんだ。それに昼もそうだったけど、久しぶりにお米食べてる⋯⋯」
口に含んで、噛む。甘い。
「家では、パンばかりだったの?」
「うん、楽だし。そのまま食べれるし⋯⋯あ、でも、律がピザトースト作ってくれたのは、美味しかった」
「⋯⋯リツ?」
「あ、⋯⋯うん、俺の⋯⋯伴侶。⋯⋯でも、俺、逃げてきちゃった」
「そう」
それ以上、深くは聞かれなかった。
トイレを借りた。
不思議な作り。なんで、便座にカバーが付いてるの?
水を流すところがなかった。
中を覗くが漆黒の闇に消えていた。
(これ、このトイレの使い方はこれで合ってるの⋯⋯?)
それ以外は、さして驚くことは無かった。でも、この音はなんだろう⋯⋯。
お風呂は見たこともない作りだった。
「地面と一体化してる⋯⋯」
「昔はそういう作りだったんだよ。ほら入るよ」
後ろからのレンの言葉に、振り返る。
レンは既に服を脱ぎ始めていた。
「なな、なんで⋯⋯」
「薪の火が消えちゃうから。ほら早く服脱がないと、どんどん熱くなるし、どんどん冷めるよ」
(ど、どういうこと⋯⋯?)
服を脱ぐ傍ら、先に裸になったレンが浴室へと入る後ろ姿に、ギョッとする。
「毛がいっぱい生えてる!」
(足が毛で黒い⋯⋯!)
「ええ⋯⋯?そこでも驚くの?」
振り向いた、レンは俺を見るなりこう言った。
「⋯⋯俺の幼馴染は、尻まで毛が生えてるよ」
「⋯⋯ッ!?」
衝撃だった。




