逃げて辿り着いた場所
「あ、レン。なんだ外にいたんだ」
女性の明るい声に我に返る。
「裏の畑にいた。誰この子⋯⋯」
「ああ、システムから逃げ出してきたんだって。アンタ、名前なんて言うの?」
突然話を振られて、呆然としていた俺はビクリと肩を揺らした。
「え、⋯あ、名前⋯⋯?澪⋯⋯」
「へぇ〜、ミオ。可愛い名前。あたし、ナギ。よろしくね」
女性――ナギは、ニッコリ笑うとそう挨拶した。
「ほら、ミオ、『これ』が言ってた“男”だよ。名前はレン」
「⋯⋯『これ』」
ナギに『これ』呼ばわりされた男の復唱に、不快にさせたのかと焦ったが、ナギの様子からそうではなさそうだった。
「あ、あの。澪って言います⋯⋯よろしく」
会釈をして挨拶をした。
「⋯⋯よろしく」
言葉少なげなレン。怒っているのか、平常なのか、よく分からない⋯⋯。
「他にも集落にはいるけどさ。とりあえず、これくらいでいっか!覚えられないだろうし」
最初会った時の、ナギの無愛想ぶりとは違い、朗らかな笑顔。
(やっぱり、良い人だった)
「ミオ、アンタ畑見たことある?レンに見せてもらいなよ」
(え?⋯⋯いきなり?)
そう言うと、ナギは「長老にミオの下宿先、どこにするか聞くの忘れた!」と言い行ってしまった。
レンと二人きり。気まずい。
「⋯⋯ついてきて」
レンに言われて、ついていく。広い背中。律とも俺とも違う。
(これが単一の“男”⋯⋯)
「ここが畑」
案内された場所。こじんまりとした、土が所々均一に盛られているその上に――
整然と葉っぱが顔を出していた。
「土に埋まってる!」
「そりゃ⋯⋯畑だから」
俺の驚きに、わざわざ反応するレン。
(この人も⋯⋯そんなに怖い人じゃないかもしれない)
「今、雑草抜いてる。手伝って」
言われて畑に入っていく。
「ネギの臭いがする!」
「そりゃ⋯⋯ネギそこに植えてるから⋯⋯て、」
「家庭菜園とかしないの⋯⋯?」
レンから聞かれた。
「しない⋯⋯。育て方も分からないし」
「そう」
その後は黙々と教えられた雑草を抜いていった。
「⋯⋯ありがとう。早く終わった。お礼に飯ごちそうする」
レンからの申し出に戸惑う。
「え⋯⋯」
(いいの?)
レンについていく。「あがって」と、指し示し言われて段差のある上がり口を上る。
「おじゃまします⋯⋯」
レンは上がらず、奥へと行ってしまった。
畳と言うかゴザと言うか、敷かれた上に丸いちゃぶ台。
(す、すごい。ちゃぶ台だ!⋯⋯歴史資料館みたい)
こんなところで生活している人がいるなんて。
板の天井などが珍しくて、あたりをキョロキョロ見回した。
「珍しい?」
鍋を持ったレンがやって来た。
「う、うん⋯⋯ごめん」
無遠慮に見てしまったことを、恥じらう。
「別に気にしなくて良い」
と、ちゃぶ台に置かれた鍋敷きに鍋を置く。圧迫感。
「あ、ごめん。これだと食べられないか」と、床に置き直す。
レンが移動する度に、床がギシギシと鳴る。
(壊れない⋯⋯?大丈夫?)不安になる。
お盆になにかを乗せてレンが部屋に入ってくる。
やっぱりギシギシと音がなった。
ちゃぶ台に、どんどん器を置いていく。全て色が濃かった。
(すごい。品数あるのに、茶色か緑しかない)
唯一の赤は梅干しだった。
「あ、漬物もある」
持ってきたのは、白と緑だった。
鍋の中身は味噌汁。
卵入りだった。
「いただきます」
俺の言葉に、レンがぺこり、と会釈をした。
お椀に入った、味噌汁からいただく。
野菜が沢山。ひと口飲んでみる。
「美味しい⋯⋯」
味噌に混ざって色んな味がする。
なんだろう、どこか懐かしい。思わず顔がほころんだ。
レンはそんな俺の様子を、じっ、と見ていた。
「⋯⋯おかわり、あるから遠慮なく食べて」
「ありがとう」
そう返事をして、レンを見ると穏やかな瞳と目が合う。
途端に、律を思い出した。
(俺が⋯⋯食べてる時もこんな表情だったんだろうか)
前世を思い出してから、怖くてほとんど顔を見れなかった律。
今頃どうしているだろう。
「あ、朝炊いたご飯だから冷えてるんだ。ごめん。味噌汁かける?」
(かけるとどうなるの?)
かけてもらう。
レンを見ると、そのまま茶碗をかきこんでいたので真似をする。
味噌汁は食べやすい熱さに。
ご飯は、冷たさがちょっとぬるくなっていた。
そして、食べやすい。
「これ、結構好きかも⋯⋯」
「⋯⋯じゃあ、これとこれも食べてみて」
レンが取り箸で取り皿にどんどん盛っていく。
茶色だから、みんな同じ味付けかと思ったら違った。
味も濃くなかった。
「美味しい⋯⋯」感想が、素直に口に出た。
「⋯⋯そう」レンが笑う。
その時だった。
「レンー、ミオー、いるー?」
入口から入ってきたナギが姿を見せた。
「あ、やっぱお昼いただいてたんだ。下宿先なんだけど――⋯⋯」
「⋯⋯ミオは、俺が預かる」
レンが口を開いた。
「うわ、急。なに?レン、ミオ気に入ったの?⋯⋯ふふっ、良いよ。レンの預かりね。長老にはそう伝えとく。ミオ、レンは良い奴だよ!なにかあったら遠慮なく頼りな!じゃね、二人とも!お邪魔しました!」
ナギはそんなレンの様子に、納得したように出ていった。
「レン⋯⋯良いの?邪魔じゃない?」
首を傾げて、レンを見る。
「⋯⋯別に。邪魔だったら言わない」
「⋯⋯そっか、ふふ。じゃあ、ご迷惑おかけしますが、お世話になります」
「⋯⋯⋯⋯ああ」
お茶は、麦茶を出された。
ひと口飲む。香ばしくて美味しい。
御飯の後は、なにをするんだろう?
と、思っていたら片付けを済ませたレンから、枕とタオルケットを渡された。
レンは座布団を二つ折りにして、仰向けになる。
「なにしてるの?」
「なにもしない、寝る」
そう言って、目元に折りたたんだタオルを置くと、腕を組んで静かになった。
レンに習って枕に頭を預け、タオルケット身体にかける。
ホッ、と身体から力が抜ける。
(休みたいけど眠りたくない⋯⋯。寝ると、きっと嫌な夢を見る⋯⋯)
しかし、体力が限界を迎えていた俺は、あっさりと眠りに落ちてしまった。
案の定、夢を見る。もう見慣れてしまった学生服。
前世の俺が、律そっくりの少年と二人で、学校からの帰り道。
『金が無いなら、代わりにあの店でなんか盗ってきてよ。そしたらまだ友達続けても良いぜ?』
律そっくりの少年はそう言った。
僕は、それに対して、なんとか断れないかと考えあぐねる。
『⋯⋯無理だよ、そんなの。お店の人が困るよ』
『じゃあ、どーすんだよ。お前、俺に小遣いくれる、て自分から約束したろ?破んのかよ?』
『それは⋯⋯』
『俺、お前に優しく出来なくなるけど。それでも良いなら、別に良いんだけどさ』
『そんな⋯⋯』
『うっそ、じょーだん!お前にそんな度胸ねぇの、俺分かってたし』
そう言って僕の肩に腕を回すと、揺するように体を寄せた。
諦めてくれたことに、ほっ、としたのもつかの間。
『親の金ならいけるよな?』
ボソッ、と呟いたその言葉。
『え⋯⋯』
『な?』
ニカッと悪びれることのないその笑顔。
『む、⋯⋯むりだよ』
笑って誤魔化すように言ってみた。
『は?』
途端に、律そっくりの少年は真顔になると、冷えた目線で僕を見る。
肩に回された腕が二の腕まで伸びるとぐっ、と掴まれた。
『無理って?なにが?』
掴む指に力がどんどん入ってくる。
痛みで震えが走る。
『なにが?もう一回言ってみて?』
結局母親に、明日友人と出かけること、お小遣いが足りないことを伝えた。
母親はしょうがないわね、と多めにお小遣いをくれた。
渡されたお金が、罪悪感でズッシリと重く感じた。
自室に入る。
水の中に入ってるように視界が揺れた。
ボタボタと溢れ、こぼれ落ちる。
僕は、泣いた。
『⋯⋯ごめんなさい、お母さん』
ふ、っと目を覚ました。
背中に温かさを感じる。
少し、肌寒かったから丁度良い、と、俺はブランケットを首まで被ろうとして、正気に返る。
ブランケットが重くて、引っ張り上げられなかったからだ。
見ると上に腕が乗せられていた。後ろに人がいる事に気づいてぎょっ、とする。
首を巡らすと、ちゃぶ台越しに寝ていたレンだった。
いつの間にかちゃぶ台は端に寄せられ、レンと一緒に寝ていた。
動いたからか、俺に見られている視線からか、レンの目蓋が開いて
「起きたの?」と問うてきた。
「う、うん⋯⋯」
「あと、一時間は寝れる。寝よう」
と、言って、目を瞑る。
「いや、あの、この体勢⋯⋯」
俺の質問に、レンは目を閉じたまま「ああ」と思い出したかのように声を出し、
「なんか、うなされてたから。くっついたら静かになったから」
そう言って、ブランケットを掴むと、肩口まで掛け俺のお腹辺りに腕を回すと、
「俺も、あったかい⋯⋯おやすみ」
と、寝息をかきだした。
(おやすみ⋯⋯って、)
俺は、向き直ると、ため息を静かに吐いた。
背中があったかい。
夢の続きを見そうで、怖かった俺は、眠らないようレンが昼寝から目覚めるまで、睡魔と戦うのだった。




