初めての釣果(ちょうか)
「はい、やってみて」
ナギから竿を渡された。刺さった幼虫がぷら〜ん。
(ひっ!)
俺はつい、視線を逸らす。
「なにやってんの、餌は新鮮なのが命よ。投げ込め!」
ナギに言われて慌てて投げ込む。ぽちゃ。
釣り針は三十センチぐらいしか飛ばなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
「まあ、最初はそんなもんよ。私も子供の頃はそんなんだったわ」
カラッとナギが笑顔で言う。
「貸して」
言われたまま、ナギに竿を渡す。
「ゴミ箱にゴミを投げ入れるようにすれば良いのよ。最短で狙うでしょ」
(⋯⋯そんなこと、したことない)
俺の表情が物語ってたのか、ナギから
「ティッシュで鼻かんだ後、投げない?あれ、軽いから、鋭く投げないと全然飛距離が出ないのよ」
ティッシュで飛距離なんて考えたことなかった。
ナギが鼻を噛んだティッシュの感覚で投げる釣り針は、飛距離とともに、水面に消える。
「はい、どーぞ」
いきなり、竿を託された。
「ど、どうやって魚が食いついたか分かるの」
「え?竿から伝わる感覚」
(⋯⋯ダメだ。全然参考にならない)
竿と持ち手に集中した。
水の流れ、水の中、どこかに当たる感じ。
(なにこれ?いつ引っ張ってるか分かるの?ピクってくるの?グン!て来るの?)
「ミオ」
(全然分かんない。これ、水に引っ張られてるの?魚が食いついてるの?)
「ミオ、魚、来てるよ」
え?!っと、慌てて引っ張った。
もう少しで手に届く!というところで、魚は水面へとパシャリ、と落ちていった。
(れ、レンのおかずが⋯⋯)
伸ばした手が虚しかった。
「もう少しだったね。餌は探せば豊富にあるから、気にすることないわよ」
その後もナギが釣り針の幼虫を刺し、投げ入れてくれたが、掛かることはなかった。
俺が気の焦りから、掛かってないのに、引き上げたり、自分から投げては、川辺近くで釣り針を落としているその間、ナギは、餌を自給自足し、じゃんじゃん釣っていた。
「ミオ、こっちおいで」
呼ばれてナギのもとに行く。
「ほら、代わって」
竿を託された。
「⋯⋯俺に渡したところでどうせ釣れないよ⋯⋯」
自信なんて喪失。
俺にレンのおかず調達なんて早かった。
「大丈夫」
そう言うと、ナギは俺の持っている竿を側から支えた。
一瞬、身体が密着し、ドキリとする。
「よそ見しないで。来るよ」
俺の動揺なんて気にしないナギにそう注意され、慌てて意識を水面に映す。
「来た!上げて!真上!」
言われて釣り竿を慌てて、上げる。
パシャリ――。
水面が光る。
水滴を跳ね上げ、水面から現れたのは、キラリと光る魚体。
その魚体が、俺の元へと向かってくる。
勢いよく、左右に身をしならせ、躍動している。
思わず、伸ばす俺の手に魚が飛び込んできた。
「やったね!ミオ!」
「ひぃ!ナギ、助けて!」
魚を持ったまま腰が引く俺に、
「なにやってんのよ!」
ナギは慌てる俺から魚を受け取ると、器用に釣り針から外してカゴに入れる。
「⋯⋯俺が獲ったの?釣り上げたの?」
なんだか、信じられない気持ちで聞くと
「そうだよ。アンタが釣り上げて獲ったんだよ、ミオ。レンのおかず、アイツきっと喜んでくれるよ」
ナギが笑顔で答えてくれた。
たくさん魚の入ったカゴを水に浸けると、中を覗き込みながら「大漁、大漁」とご満悦の様子。
「ナギのおかげだ⋯⋯。ありがとう」
言いながら胸が高鳴る。
そんな俺を見ながら、ナギが口を開いた。
「ミオ、アンタ、このまま、ここで暮らしなよ」
「え⋯⋯?」
「アンタここに来た時、あたしに聞いてきただろう?戸籍がない理由。教えてやるよ」
ナギの言葉。
俺は、ナギの次の言葉を静かに待った。
「そんなに、神妙な顔しないでよ。単純な話なんだから」
「私やレンに戸籍が無いのは、ただ単に両親か、ご先祖様かが戸籍を捨てたからなんだけど。じゃあ、戸籍を捨てるってどういうことってなるわよね?」
「⋯⋯うん」
「これも簡単な話。ミオ、ちょっと失礼」
そう言うと、ナギはカゴが流れないように固定して、立ち上がると俺の片手を取った。
「あんたのこの皮膚の下、ここにチップが入ってる。生体反応に、GPS。アンタがどこで、いつ、誰と、何をしたか、全部こいつが国に教えてる」
そう言って、俺の手首をナギは人差し指でするり、と撫でた。
「でも、身体にとっては、コイツは異物さ。だから外に追い出そうとする。新陳代謝。どんどん身体の外に追い出そう、追い出そうとして、ある日、皮膚を破ってコイツが出てくるのさ」
「それを取り出して、後はそこの川にでも投げ入れば、生体反応も無くなり、GPSを辿ってみれば川の中で漂ってる。国は“事故死”と判断して、それで終わり。ね?単純でしょ」
「国は定期的にチップを体内に戻す埋め直し作業をしてる。それさえサボれば可能って話。さ!帰ろっか!」
ナギは、川から上げたカゴを腰に付けると、釣り竿を抱えさっさと歩き出した。
俺は、自分の手首を見遣る。
なぜだか律を思い出す。
俺は、考えを追い払うように急いでナギの後を追った。




