虫が餌とか聞いてない
「どう?ここでの生活は?慣れた?って一日しか経ってないけど」
ナギに釣り竿を渡され、見よう見まねで肩に担いで並んで歩いていた時だった。
「慣れ⋯⋯ては、ないかな?衝撃的なことが多くて⋯⋯」
朝の出来事を回想する。
「箱庭育ちだねぇ〜。レンはどう?良いヤツでしょ?」
ナギが明るい調子で聞いてきたので、頷き同意する。
「うん、すごく」
その答えにナギは満足げに微笑んだ。
しばらく歩くと、サァー、という音がしてきた。
「⋯⋯なんか、音がする⋯⋯」
俺の声に、ナギはひと笑いすると、「水の流れる音だよ。さあて、今日のおかず、獲るよ!」と、声高に言った。
「虫が餌!?」
すぐに釣るのかと思ったらナギから「まずは餌を捕らなくちゃ!」と言われた。
「そだよー?木から落ちた幼虫とか食べてるし」
(む、無理ぃー!!)
今朝の青虫を思い出す。
「君にも軍手を進呈してあげよう。朽ちた木とか割ってみて。ムカデとか、毒虫に気をつけてね」
(毒虫⋯⋯!?)
「手袋と言えばゴム手袋は、役に立った?朝、レンが家に訪ねて来たから物々交換であげたけど」
「ゴム手袋⋯⋯ナギのだったの?物々交換て⋯⋯?」
「うん、『俺は、そんな洒落たもんは持ってないから』って。交換条件は、力仕事!へへ!こっちこそありがとう!男手が欲しかったから!」
ニッコリ、とナギが、笑って大きめの石をどかすと虫が出てきて、俺は、息を呑んで後ずさった。
「ん〜〜、いたいた」ナギが躊躇いもなく掴んで、「こいつと、こいつ」と言いながら、腰のカゴにポイポイ入れていく。
「ほら!ミオも頑張って!」
「ひい⋯⋯」
言われて大きめの石を持ち上げる。
「ひぃ!!未確認生命体!!ナギ、ナギ!宇宙人出てきた!!足いっぱい生えてる!!」
「なあに言ってるのよ、そいつムカデよ。昔から確認済みよ。あんた噛まれないように気をつけてね。ものすっごく痛いし、腫れるから」
「腫れる!?痛い!?」
慌てて石から手を離した。
「あ!⋯⋯石の重みで、つ、潰れたかも⋯⋯」
「⋯⋯そんなんで簡単に潰れやしないわよ。まあ、当たりどころ悪かったらどうなってるか分かんないけど。それよりも、そっちの木の皮剥がしてみなさいよ」
ナギが指差す方向に、倒れた木。
(やだぁ〜⋯⋯!)
でも、ヤダとか言ってられない。
(レンのために魚獲ってくるって決めたんだから!)
倒れた木に軍手を嵌めた指で引っ掛けて、剥がす。
ボロっと木の肌が剥がれた。
「なにも無いけど⋯⋯」
「いるわよ、ほら。よく見て」
ナギが指差すそこになにか白いのがある。
「なにこれ⋯⋯」
「幼虫よ。でかしたわ!ミオ!ほら!」
ほじって取り出し、眼前に手の平を転がして見せられた。
コロンとした小さな白いものだった。
「これが虫⋯⋯」
微動だにしない丸まった物体。
(動かなければ、ちょっと可愛いかも)
「すごいわ、けっこういるわ、ここ」
またもポイポイ、腰に付けたカゴの中に放るナギ。
後ろから見る姿は、スーパーの特売の品をカゴに入れてる人のような勢いだ。
「結構採れたわ。少し下って釣るわよ!」
下った先で、「このへんで良いか」
と、川辺の近くで釣り竿の糸の先端を手繰り寄せる。
腰に下げたカゴを外して取り出したのは、かわいいと思った白い幼虫。
「見ててね。こうするのよ」
ナギに呼ばれて、手元を見る。
白い幼虫に、ブスリ!
「ひっ!」驚きに俺は、声を上げた。
曲がった針が容赦なく幼虫に刺すだけでなく、グリグリと、針の形に沿って動かしていくナギの手。
「か、かわいそう⋯⋯」
思わず言葉にしてしまった。
「なあに、言ってんのよ!成果には犠牲が付きものよ。『エビでタイを釣る』『タダ餌で、メシを釣る』生きるためには可哀想なんて言ってらんないのよ」
「ほら、ミオも」と言われ、カゴの中に手をそっ、と伸ばすが、その先が行かない。
「まあ、良いわ、見てて」と、言いナギは、川辺まで近づくと、竿をしならせ、釣り針を飛ばした。
投げられた釣り針は水面に吸い込まれ見えなくなる。
そんなに経たずに、ナギが竿を跳ね上げた。
竿がしなり、魚が川辺からナギの手元に飛び込んでくる。
「あ、カゴの中身。澪、あそこに大きな葉っぱあるから、一、二枚取ったらその上にひっくり返して。で、カゴちょうだい。虫、どこにもやらないようにね」
慌てて言うとおり従った。
カゴの中、あっという間に魚一匹。
「⋯⋯どうやったの?今の」
「え?こうやった」
ナギが身振り手振りで教えてくれたけど、全く意味がわからなかった。
「も、もう一回やってみて⋯⋯」
「?いいわよ」
幼虫を針で、ブスリ。グリグリ。ひぃ。思わず薄目になる。
ナギが、シュッと手首をしならせ、釣り針を投げる。
しばし待つ。
「よっ」
と、言うナギの声とともに、竿がしなって魚がナギ目掛けて飛んでくる。
あっという間に、カゴの中は二匹目。
(うーん、早すぎて分からない)
「簡単でしょ」
ナギが振り向き、笑顔で幼虫を釣り針にブスリ。グリグリ。
手元すら見ていなかった。




