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家の中に沼があった件



 レンに頼まれ、土間どまの台所から上がり口を上がって、ちゃぶ台まで食器を運ぶ。


 お椀とお箸と副菜と。昨日の余りの冷えたご飯。


 お鍋を持ったレンが部屋に入ってくる。


 ご飯に味噌汁をかけてもらって、


 上に玉子を乗せてもらう。


 いただきます。


 割ったら、半熟だった。

 なんだか、得した気分。


 レンと一緒に副菜も綺麗に食べ終えた。


 朝から満たされた気分。


 ⋯⋯お腹の調子も順調に、排泄の合図をしてきた。


 トイレに入って用を足そうとカバーの付いた蓋を開けて


「ん?」


 ⋯⋯なんで、トイレの底が明るいの?


 トイレの中は、見たこともない作りだった。


 そんなに深くない底。


 明るい正体は、なんと直接、⋯⋯外だった。


 「⋯⋯うそ」


 そして、トイレの底は、沼だった。


(え?え?どういう事?)


 とりあえず、お腹が痛いので用を足す。


 抑えきれない好奇心に負けた俺は、お尻を拭きながら腰を浮かせて、中を覗いてみた。


 大が、大が沼の上に降り立っているかと思っていたら、ズブズブとゆっくりと、沈んでいった。


 ――――――――!!


「れ、レン!レン!レン!!あの、あんたんちのトイレの底に、ぬ、ぬ、沼があんだけど!!」


 トイレの方向を指さして言う俺に、

 

「⋯⋯沼じゃなくて。⋯⋯便だな」


「便⋯⋯」


「昔からの人が使っていたから⋯⋯大量の便が発酵して、沼に見えただけで、どちらかと言うと“ヨーグルト”だな」


 最悪な例えに、


「止めて!!ヨーグルト食べれなくなる!!」


と、抗議して止めさせた。


 歯磨きを済ませて、家の中の掃除をする。


 掃除機や簡易のモップを使っていたが、大きなほうきで部屋の中をいている。なんだか新鮮。


「へぇ。ほうきって外だけじゃないんだ」


 意外にホコリや細かいゴミをき出してくれる。


「昔の人は、緑茶の葉の出涸でがらしを床にいてころがしながら掃いていた、と聞いたことがある」


 外から窓を拭きながら、そうレンが教えてくれた。


「つい、麦茶にしてしまうが、今日は緑茶かな」


 レンはそう言いながら、窓のサッシを拭いていた。


 水回りはレンが掃除。


 俺は、やることが無くなった。


 お風呂掃除を手伝おうと思ったけど、レンから


「床の泡で足が滑ってミオがける未来が見える」と言われてしまった。


 俺、一人で暮らしていた時も一応、掃除はしてたんだけど。


 でも、床はここみたいにツルツルではなかった。



「庭に鶏が除草の手伝いしてくれているから、様子を見てきて」


と、言われなんのことか分からず、裏庭に行くと小屋とは違う、囲いに覆われた中で、鶏達がいた。


 ずっと地面の草で食事中。


「なんか、すごい勢いで草食べてた」


 レンに報告したら、


「じゃあ、地面の草がなくなったらゆっくり草のある地面まで囲いを押してあげてね」


と、麦わら帽子を被せられてそう言われた。


「もう少しで終わるから、そのあと一緒に洗濯しよう」


 囲いの前でしゃがんで、クッ、クッと鳴きながら、草をついばむ鶏を眺める。


 レンの所に戻って聞いてみた。


「なんで、鶏に囲いつけるの?逃げるから?自由に草を食べさせないの?」


 俺の何気ない質問に


「んー⋯⋯、まあ、逃げ出しちゃうのもあるけど、一番は食べられちゃうから」


「え?」


「病気にも弱いし」

 

「そうなの?」


「ストレスにも弱いから」


「ストレス⋯⋯」


「囲いの草を食べさせているのは、餌やりしなくて良い、ていう理由もあるけど、ストレス発散でもあるんだ」


「そうなんだ⋯⋯」


 囲いの置いている場所に戻る。


 鶏は、しゃがんで、ちょっと休憩してた。


「強く生きろよ⋯⋯」


 弱いという鶏たちに、そう声を掛けた。


「ミオ、お待たせ。洗濯しようか」


 裏庭が見える窓から、レンが顔を出して声をかけてきた。


「うん」

と、返事をして俺は家の中に戻っていった。



 風呂場に水の入ったたらいと謎の片側が波立つ板。


「昔は、棒で叩いて衝撃で汚れを押し出してたんだけど、洗濯板は、⋯⋯見て。この一段が一叩きとすると、この段差の分だけ叩いた事になるんだ。十段で十叩き。腕を振るうのと同じって考えたら、画期的だよね」


 謎のギザギザの波は、昔の効率化の歴史だった。


「はい、ゴム手袋」


 差し出されたゴム手袋を見て、俺はつい恨み言を言ってしまう。


「⋯⋯さっき、虫触る前に渡してくれたら良かったのに」


「ごめん、さっきは持ってなかったから」


 レンの言葉に首を傾げた。


 昨日まで着ていたスウェットを盥の中に入れる。


「はい、石鹸。汚れがつきやすいそでや襟元につけてね」


 言われるままつけようと、石鹸を握りしめた。


 石鹸が一人で俺の手から飛び出した。


「ええ⋯⋯?⋯⋯石鹸もなの?」


 レンの小さな声。多分、独り言。


「俺⋯⋯一動作一失敗してる気がする」


 項垂うなだれて落ち込む。


「失敗は学びになるよ?」


 レンの言葉に、俺は顔を上げてそちらを見る。


「失敗したら、“なんで”って考えるでしょ?それで次は失敗しないように工夫するし、感情とともに記憶は残る。だから、失敗は避けるんじゃなくて、して良いんだよ」


 

(“失敗は、して良い”⋯⋯?)


(俺と律もして良い失敗だったの⋯⋯?俺、逃げてきたのに⋯⋯?)


(逃げて良かったのか、分からない。帰らない、って決めて出てきたし)


 国が決めた婚姻。

 子作りは当たり前で、律はそれを実行した。


(行政は、わざわざ寝室に薬まで差し入れてた⋯⋯)


『初めてなのに気持ちいいでしょ?そういうお薬。新婚夫婦へ国からの粋な計らい。塗っても舐めても無毒だよ』


 律の声が、頭の中で喋りだす。


(⋯⋯子作りって愛し合う夫婦の初めての作業じゃなかったの?)


 そう教えられて育った。

 子供の頃から、学校で、大事なことだと。


(全然、違った。⋯⋯学校で教えられていた事とは)



 いつまでも石鹸を拾わない俺に、レンが拾って渡してくる。

 今度は手から飛び出さないように。

 慎重に汚れやすい袖と襟に石鹸をなすり付ける。



 水を含んだスウェットは、ズッシリと重かった。


 寝具のカバーに、衣類など、色んな物を洗って、絞って。


 外に干す。


「今日は天気も良いからね。風もあるし。すぐに乾くよ」


 レンが穏やかな声でそう言った。


 その時だった。


「ミオー!」


 振り向くとナギだった。腰にかごを下げ、片手に先端が細くなった長い棒を二本携えて。


「ねぇ、魚釣りに行かない?少し歩くけど、近くに沢があるんだ」


「魚⋯⋯」


 ナギが持っていたのは、釣り竿だった。


「うん!釣れたら今日の御飯の足しになるよ!」


 魚は骨を取るのがめんどくさくて苦手。


 でも、タンパク質は卵からしか摂ってなかった。


「レンは、お魚好き?」


 何気なく聞いてみた。


「好き。塩焼きが美味い」


 レンの一言で心が決まる。


「魚釣り、行ってきても良い?」


 レンを見る。


「良いよ、落っこちないようにね」


 レンは穏やかに微笑んだ。



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