卵と味噌汁の朝
コケェー!!!コ!コ!ケェー!
コッケコッコー!!ケー!!
けたたましい音がうつらとした耳をつんざく。
「な、なに!?なに!?」
慌てて起き上がろうとしたが、起き上がれない。
俺の身体に回されたレンの腕が重しとなっていた。
レンは寝息を立てている。
(なんで、なんでこんなにうるさい状況で寝ていられるの!?)
「れ、レン!レン!なんか、外がすごいんだけど!」
「んー⋯⋯、ああ、鶏だよ。いつものこと⋯⋯すぅ」
寝た。
「え⋯⋯、いや、ちょっと、レン!」
(ぜ、全然起きない⋯⋯)
朝なのに、全然落ち着かない騒音の中、俺はただただレンが起き出すのを待つのだった。
◇◇◇
「れ、レン!レン!卵!卵ある!」
「うん、鶏が産んでるからね。取る?」
「え?」
「軍手する?」
「いや、ムリムリ」
(怖いもん!)
「そう?」
そう言うとレンは、そんなに大きくない小屋に入ると、二つ落ちてる卵を取り出す。数羽の鶏が忙しなく動いてる。
「ほら、ミオの好きな卵。割れて無くて良かったね」
「うん⋯⋯」
渡された二つの卵。まだ温かいような、そうでもないような。
「ねぇ、これって孵るの?」
レンに質問してみた。
「赤ちゃんになるの?」
「⋯⋯赤ちゃん。まあ、有精卵ならヒヨコが生まれるかな」
「生まれないこともあるの?」
「そりゃ無精卵ならね。その時は、鶏は卵だけを生むよ」
(生まれないこともあるんだ⋯⋯)
自分のお腹を見る。
(俺と律との子供はどうなんだろ⋯⋯。もう受精してると思うけど⋯⋯)
身重の自分を想像して考える。
一人で産み育てることなんて出来るだろうか⋯⋯。
(こんな状態で子供は欲しくない。⋯⋯俺の心が追いついてない)
律が怖い。律というより律そっくりのあの少年が怖い。
どうしても、同じ人に思えてくる。違うのに。
夢で見た少年の笑った表情を思い出す。
(あの後⋯⋯、どうなったんだろう⋯⋯。夢の続き。現世の俺は知らない。でも、きっと、写真は撮られた⋯⋯)
夢の記憶を追い払うように頭を振る。
レンの後ろをついて、進む足元どおりに歩いたら、いつの間にか家の中だった。
「手、洗って楽にしてて。朝ごはんにしよう」
レンはいつの間にか庭の野菜を収穫していたのか、土のついた野菜たち。それを持ったままレンは奥へと歩いていった。
「俺も手伝う!」
一人でいたら、夢の内容を思い出しそうで、俺はレンの後を追った。
「⋯⋯じゃあ、流しに盥の水溜めたからここの野菜、洗ってもらえる?」
「うん!」
言われたままに、野菜を洗っていく。
「うわあ!虫ぃ!!」
葉っぱに付いてた緑の虫!俺は咄嗟に手を離して一目散にその場を離れた。
「わ、ビックリした。⋯⋯え?虫?」
レンが、俺と流し台に散らばった野菜とを交互に見ると、
「ああ、なんだ。青虫か」
と、付いてる葉ごとちぎって外に出ていった。
(ぶ、ブヨブヨしてた!気持ち悪い!)
レンが戻ってきた。
「なにも怖がることないよ。幼虫だよ」
「むり⋯⋯っ!軍手貸して!素手で洗って触りたくない!」
「ええ⋯⋯?」
「⋯⋯軍手、感覚鈍るから、潰さないようにね?」
レンの言葉に戦慄した俺は、葉の一枚一枚を確認しながら慎重に洗っていく。
「いなかった!」
隣りにいるレンに笑顔で報告した。
「味噌汁は新しいけど、御飯は昨日の残りで大丈夫?」
レンに聞かれて頷く。
「うん、俺、お味噌汁かけたい」
レンが、釜に火を起こす。
俺はそれをワクワクする気持ちで眺めた。
一晩、水に浸けた頭と体の一部がない、いりこ入りの鍋を火にかける。
沸騰直前、レンが箸で鍋のいりこをつまみ出すと、ふぅ、と冷まして、僕の眼前に差し出してきた。
「食べてみる?」
聞かれ好奇心で頷くと、「じゃ、あーんして」と言われたので「あーん」と言いながら口を開けた。
「熱いから気をつけてね」
舌の先にそっと乗せられたいりこを受け取る。
ふっくらとしたいりこは、なんだか妙に癖になる素朴な味だった。
いりこを取り出した鍋の中に具材を入れてゆく。
「今日は、小松菜と豆腐の味噌汁。味噌溶かすの手伝ってくれる?網目だからミオでも簡単だよ。あとで卵も割り入れてね」
「副菜は、今日で食べ切ろう」
レンが冷蔵庫から物を取り出していく姿に、
「ここ、電気通ってるの?」と、聞いた。
そういえば、昨日の夜、部屋に明かりが点いていた。
「通ってる⋯⋯というか、蓄えてる?自然エネルギーの恩恵で」
「火傷しそうだから、お鍋こっちに移動するね。味噌溶かし終わったら声かけてね」
レンはそう言うと、「お昼のおかず」と大根を切りだした。
「ねぇ、味噌ってどれくらい?これくらい?」
小さな穴開きのお玉にてんこ盛り掬ったのを見せたら、
「⋯⋯それは、ちょっと多いかな?」
と、量を減らされた。
「なんでも、最初は薄味にしておくと、後で調整がきくし食べ進めていったらちょうど良くなるよ」
と、教えられた。
「お味噌をこの網の中に入れたら、この小さなお玉の背でクルクル弧を描くようにしてみて。中のお味噌がなくなったら声を掛けてね」
そう言うとレンは、切った大根を鍋に入れて水を入れると味噌のお鍋が空いた釜の火にかけた。
片手に取っ手のついた網目の謎の器具を鍋の中に入れ、量を減らされた味噌を入れる。お湯の熱でポコ、と味噌が小さなお玉から離れた。
レンに言われたとおり、お玉の背でクルクル味噌を回し溶かす。
形がどんどん無くなっていく味噌に楽しさを覚える。
「お味噌無くなったよ!」
俺の声掛けに、レンは先程火にかけた鍋を移動させると、味噌汁の鍋を火にかけ直す。
小皿にお玉で少し掬った味噌汁を入れたレンが「味見、してみる?」と俺に差し出してきた。
「どう?」
「うーん⋯⋯、わかんない」
レンは、小さく笑うと自分で味見をして頷いていた。
「次は卵だよ。割ったことある?」
それくらいは⋯⋯、どうだったかな?
誇れるほど割ったかな?
一人暮らし。テキトーに過ごしてた。
「割ったことぐらい、あるさ」
それくらいなら出来るはず。
「じゃあ、ふたつ。殻を入れないように気をつけてね」
そう言われると、途端に自信がなくなる。
結局、お椀の中に一つ割り入れた。
「上手い上手い。これならお椀が無くてもいけるんじゃない?」
レンのおだてられ、沸々としたお鍋にお椀の中の卵をそっと、流し込むと、もう一つの卵を慎重に――。
コンコン、パカッ。
卵の中身を味噌汁の具材が優しくキャッチする。
「上出来」
レンに褒められ、気分が上がる。
たった卵を割り入れただけなのに、なんだか心が満たされた。




