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百まで数えて



 コンディショナーをつけた後も同じようにすすがれた。


「⋯⋯身体は洗えるよね?」


と、湯船にかるレンに心配された。


「⋯⋯洗える」


 目視で確認したら、ちゃんとボディタオルだった。安心する。


 洗い終わるとレンから「俺、先に出るから、ミオはもう一度浸かって身体温めてから出てね」と言われ、レンが湯船からザバリと上がると、湯量が驚くほど少ない事を知った。衝撃。


 入って浸かるが、背中半分、肩むき出し。


「レン」


 浴室の入口に立ってドアを閉めようとしたレンに声を掛けた。


「寒い⋯⋯。一緒に入って」


「⋯⋯⋯⋯」


 レンが引き返してきて、湯船に浸かると、お湯が満杯近くまで増えた。


「狭いけど、あったかい。ありがとう」


 二人並んでお風呂に浸かる。


「⋯⋯じゃあ、百数えるまでちゃんと浸かって」


 レンに言われるまま百数えた。


 

 着替えはレンのを借りた。下着はコンビニで調達したのを履いている。


「え?ドライヤーないの?」


「ないよ?だからタオルで良く拭いてね」


 麦茶を出されながら、そう言われた。


「明日は、自分の服、洗濯しようね。教えるから」


「⋯⋯うん?」


「歯ブラシ、何色が良い?」


「え?」


「おれ、青使ってるからそれ以外で」


 はい、レンが扇形に広げてパッケージされた歯ブラシを出してきた。


(緑⋯⋯は、似ている色だから間違えそうだし⋯⋯ピンクと赤しかなくない?)


 レンがピンクの歯ブラシを使っているのを想像しながら、


「じゃあ、赤で」


と、赤色の歯ブラシを取った。



「寝る場所はこっち」と、レンは下りずに段差を長い脚で股越して土間の向こうの部屋に行く。


 レンに習って同じ事をしようとしたら、「ミオは危ないから、ダメ」と、見越したレンにたしなめられた。


 一人で寝るのかと思ったら、布団を並べられた。


「⋯⋯え?レンも一緒に寝るの?」


 聞くと、「布団の上げ下げこっちの部屋だし⋯⋯」と、返された。


「後ろ髪、濡れてる⋯⋯」


 そうレンに指摘されて首にかけているタオルで、髪を拭かれた。


 寝支度を整え、布団の中。


 じゃ、おやすみ。


 長い紐が付いた電気を消されて、レンも布団の中。


 薄暗い部屋。

 月明かりがカーテンの隙間から覗いてる。


(てか、夜なのに騒がしくない!?)


 なんだか外から色んな音がしてる!


 虫の声なのかなんなのか、なんか変な鳴き声も聞こえてきた。


(お、俺、一人で山の中で夜を過ごそうと思ってたけど、多分、無理だった⋯⋯!)


 バサササッ!と、何故か夜なのに鳥なのかなんなのか分からない羽音までして「ヒッ!」と、思わず声が上がる。


「れ、レン⋯!レン⋯!」


「⋯⋯⋯⋯なに」


 羨ましい。もう寝入ろうとしていたレンに対して申し訳ないと思いつつ、


「ねえ、もう少しそっちに寄って良い?」


 布団から出て、敷布団ごとレンの布団にくっつけようと思った俺だったが、


「⋯⋯良いよ、⋯⋯はい」


と、レンは自分の布団をめくって俺を招き入れるポーズをした。


「え、いや、俺、寝たら夢でうなされるから⋯⋯うるさいと思うし」


「良いよ、べつに⋯⋯。⋯⋯寒いから早く入ってきて」


 レンの言葉。心細い俺はレンの懐に潜るように入っていった。


「ん⋯⋯」


 寝ぼけ声のレンに布団が背中に掛けられる。


 そのまま、腕を回された状態で、レンの寝息が聞こえてくる。


 外の様子に落ち着いたら、自分の布団に戻ろうと思っていた。


(あったかい⋯⋯)


 包まれる温もりにいつしか眠りについていた。


 

 学生服の僕は、勇気を出して担任の先生に告白した。


『⋯⋯あの、先生、ぼ、僕⋯⋯い、い、いじめられて⋯⋯るんです。ひどい、暴力も受けてて⋯⋯』


 緊張で言葉がどもる。

 でも、先生なら親身になって聞いてくれるはずだ。

 だって、先生だもん。


『⋯⋯暴力?んー⋯⋯、見る限り傷は、見当たらないけど?病院には行ったの?診断書は?』


『え⋯⋯しんだんしょ⋯⋯?ありません⋯⋯。でも、本当に暴力を』


『お友達とケンカしたの?それで仕返しに嘘をついて先生に言ってるの?“――君”、一人っ子だから分かんないかもしれないけど、男同士って、そうねぇ、ちょっとスキンシップが過剰なのよ?』


『はあ⋯⋯』


『だから、遊びの延長なのに、そんなに過剰に反応するのは良くないと先生思うの。⋯⋯大体、あなた孤立してるわよね?そんなあなたと仲良くしたいと思ってるお友達のことを、そんな風に悪く言うもんじゃないわ』


 先生の言葉が、どんどん耳から通り抜けていく。


『“――君”は、あなたのことを思って、仲良くしてくれてると思うのよ。お友達なら、ちゃんと嫌なことは嫌、って伝えてみたらどうかしら?』


『い、言いました』


『本当に?ちゃんと伝えた?』


『言いました。でも、止めてくれなくて』


『そう⋯⋯。じゃあ、先生の方からも言ってみるわ』


『あ、ありがとうございます』



 これで、終わると思ってた。

 だって、先生が注意してくれるんだもん。



 突然肩に腕を回された。


『“――!”一緒に帰ろうぜ!』


 見ると律そっくりの少年。笑顔。


 先生が言ってくれたのかな?

 僕は笑顔になる。


『うん、良いよ』


『俺ちょっと、寄りたいところがあんだけど?良い?』

『うん、良いよ。どこ?』

『秘密』



『お前、担任に話したろ?』

 

 誰も通らないような場所で、僕は片手で胸ぐらを掴まれていた。


『ひどいよなぁ?俺、お前のこと友達だって思ってたのによ。お前先生になんて言った?いじめられてる?最低だな』


『ご、ごめん⋯⋯』


(⋯⋯言っちゃダメだったの?僕が悪かったの⋯⋯?遊びの延長だったの⋯⋯?⋯⋯僕は傷つけたの?先生の言うとおりスキンシップが激しかっただけなの⋯⋯?)


 わからない、わからない。


 頭の中がグルグルする。


 心臓が音を立てる。


 ただ、分かってるのは、目の前の友達をすごく怒らせたということだけ。


『俺、すっげぇ傷ついちゃったなぁ。まさか、お前、ごめんで俺が許すとか、思ってないよなぁ?』


(⋯⋯許してくれないの?)


『も、もう言わないよ⋯⋯。先生に言わない』


『親には言うんだ?』


『い、言わないよ』


『信用できねぇなぁ〜、なんか証拠くれよ。信じる証拠』


『証拠⋯⋯?』


『お前が誰にも言わないっていう証拠だよ。お前嘘つきだもんなぁ?友達を助けるって約束したのに助けない。一緒に遊んでる友達を、いじめと言って担任に言いつける。なぁ?お前、俺と同じ立場ならどうする?どう思う?お前のやってること』


『ひどいと思いまーす!』


 突然の第三者の声。

 心臓が痛いぐらいひと跳ねする。

 二人で声のする方を向く。

 僕にいつもプロレスや格闘技の技をかけてくる同級生だった。


 僕の足が竦む。


『なあ、なにが良いと思う?こいつを信じる証拠』


『詫びで土下座か、“ごめんさーい”と叫ばせながらその辺、フルチンで走らすのが良いと思いまーす!』


『バカ。お前、そりゃ詫びだろ。それは、後でさせるとしてよ。じゃ、ま、裸の写真でいっか。約束破ったら、ネットにでも上げようかな』


『そんな⋯⋯』


『だって、他に出せねんだろ、証拠。別に本気にすんなっての。遊びの延長だからよ。お前も約束やぶんなきゃ良いだけだろ?あと、責めんなら自分の行いを責めろよ?俺等のせいじゃねぇからな。ちょっと、コイツ羽交い締めにしてくんね?暴れるんなら気絶させても良いぜ』


 少年が喋る内容に慌てて逃げ出そうとする僕を、同級生が『おっそ!』と言い、引き倒す。


『や、やだ!はなして⋯⋯ッ!』


 もがく僕の首に腕がまわる。


『げぅ⋯っ!』


(苦しい、苦しい!)


 後頭部を押さえつけられ、喉は腕に圧迫され、以前、僕を気絶させたように首が締まってくる。


(でも、気絶出来ない!気絶したら裸にされる!)


 必死で腕から抜け出そうともがいた。


『うっぜ!暴れんなっての!』


『ぐふ⋯⋯ッ!』


 脇腹を思いっきり殴られる。


『おい、傷つけんなよ。後がついたら俺等が悪いことになんだろ』


 倒され暴れる僕の脚を押さえるように、律に似た少年は身体に乗り上げながら、ズボンのベルトに手をかける。


『や、や、め⋯』


 身を捩って逃れようとする僕に、笑いながら少年の顔が近づいてきた。


『担任が、なんて俺に言ってきたか教えてやるよ』


 僕の反応をつぶさに観察するように、ゆっくりと少年は先生の真似をしながら、話しだした。


『“あなた達と一緒にいる、“――君”は、親御さんに甘やかされて育てられてるせいか、ちょっと、繊細みたいなの。あなた達の遊びもいじめって勘違いしてるみたい。そういう子だから、お手柔らかに頼むわね。”だってさ。マジウケる。クソ教師だな。カワイソ』


 笑いながら吐き捨てるように言う少年の言葉。


『あなた孤立してるわよね?そんなあなたと仲良くしたいと思ってるお友達のことを、そんな風に悪く言うもんじゃないわ』


 信頼していた担任の先生の、僕に言った言葉。


 そして、少年に言った言葉が――――



 あんなに抵抗していた僕の身体から、力が抜けた。


 

 ―――――暗闇の中、自然と目が覚めた。


 目元の皮膚がヒリヒリする。

 横向きで寝ていたからか、下にしている布がぐっしょりと濡れていて、夢を見ながら自分が泣いていたことに気付いた。


 

(大丈夫、ここは現実だ。“十四歳の前世の僕”じゃない)


 そう、自分に何度も言い聞かせた。


 涙が止まらなかった。


 これは、誰の涙だろう⋯⋯。

 俺の涙か、“前世の僕”の涙か。


 濡れた布の不快さに、頭の位置を変えようと持ち上げて思い出す。


 レンの腕の中にいたことを。

 濡らしたのはレンの腕だった。


(眠り⋯⋯深いんだ)


と、思ってほっ、と息を吐いたが、違和感を覚えた。


 寝入りのような規則正しい呼吸じゃなかった。


 静かに、息を潜めるような。


 レンは、起きていた。


 俺を起こすことなく、ただ目覚めるのを待つように。


「⋯⋯ごめん。うるさかったでしょ?」


と、俺が声をかけると


「⋯⋯いや」


と、そう言うと


 俺を抱え直すように身じろぎをして、ゆっくり僕の頭、二、三度軽く叩くと、そのまま背中を撫でるようにして、ただ手を添えるのだった。


 背中に回された手の温もりと枕にしている腕の温もりに、俺は静かに目を瞑る。


(⋯⋯また眠っちゃったら、夢⋯⋯見るのかな⋯⋯)


 そう思いながら、ウトウトと微睡んだ。


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