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沙州関異聞  作者: いろは
第三章
20/42

十九

「城輔さまにはお初にお目にかかります。わたくし、宜京の商家、羅一家の主をつとめますこう三娘さんじょうと申す者にございます。どうぞ紅娘とお呼びくださいませ。こちらの城主さまの命により、弩五十、および矢三千、慶州軍よりお預かりし、このとおり納めさせていただきました」

「慶州軍だと」


 奎厦に厳しい目を向けられた子怜は、ひょいと肩をすくめる。


「知り合いに頼んだんだ。練兵したいんだけど、ろくな武器がないから融通してくれって」


 それを聞いた奎厦は唇をゆがめたが、結局なにも言わずに紅娘に向きなおった。


「事情は承知した。遠路ご苦労だったな。あとはこちらで引き受けるゆえ、少し休むといい」

「まあ、いきとどいたこと。それではお言葉に甘えさせていただきますわ。ですが、その前に運び賃を頂戴したく……」


 うやうやしく差し出された紙片に目を走らせるなり、奎厦は小さくうなった。


「……銀、五十だと」

「なにぶん急なご依頼でございましたからねえ。ちょうど抱えていた仕事を別の一家にふりわけたせいで結構な損もこうむりましたし、馬やら荷車やらも手持ちの分では足りずに方々からかきあつめた次第でして……」


 子怜のためならば無理もしようと言った舌の根もかわかぬうちに、切々と苦労を並べたてる。これが商人というものかと、はたで聞いていた春明はいっそ感心したが、奎厦としては鷹揚にかまえている場合ではなかったようで、けわしい顔で紅娘に紙片をつきかえした。


「そちらにも事情はあろうが、それでもこれは高すぎる。せいぜいまとめて銀二十だな。それ以上は払えん」

「あらあ、いきなり半値以下に値切るなんて大胆なお方ですこと。ま、その意気、嫌いじゃございませんけどね」


 目もとに険のある笑みをひらめかせて紅娘がずいと一歩前に進み出る。そこへ、まあまあと子怜が仲裁に入った。


「いいから払っておあげよ、奎厦。宜京からここまで何日かかると思っているんだい。いくら慶州軍が急いで荷をそろえたって、普通に考えればあと三日、いや五日はかかっていたはずだよ。それを考えれば、そう法外な値とも思えないな」

「さすがは子怜さま。話のわかるお方ですわ」


 奎厦は眉をつりあげて、やおら子怜の腕をつかんだ。そのまま城壁の隅に引きずっていく。


「ちょいと、子怜さまに何をおしだい」


 とがった声をあげる紅娘を、揉め事ですかと駆けよってきた阮之に任せ、春明はふたりを追いかけた。


「おふたりとも落ち着いてください」

「ぼくはいつも落ち着いているよ」


 ええそうですね、と春明はため息をついた。奎厦は例のごとく険しい顔つきで腕組みをしている。いい加減この構図はなんとかならないものか。


「どういうつもりだ」


 先に口を開いたのは奎厦だった。


「なにが?」

「あの商人の手前、話を合わせてやったが、そもそもおれは弩の搬入のことなど聞いていないぞ。あんた、おれに相談もなく勝手にやったな」

「だって相談したら反対するでしょう」

「あたりまえだ! おまけに銀五十だと? 城の庫を空にする気か。城壁の補修に新たに資材が要るというのに……!」

「それは当分後回しでいいじゃない。どうせ皆やる気ないし」

「そういう問題ではない」


 奎厦は苛立ちもあらわに石畳を蹴りつける。


「あんたにはここ数日ふりまわされっぱなしだが、そろそろどういうつもりか教えてもらおうか。目的もわからぬ命令にはもう従えん」

「ええっ?」


 子怜は心の底から驚いたように目を丸くした。


「わかんないの? 本当に?」


 これがわざとなら、このひと相当性格悪いよなあと思いつつ、春明は子怜の肩をそっとつついた。あれ、と奎厦の固く握りしめた拳を目で示すと、子怜は「わかったよ」と面倒くさそうに頭をかく。


「つまりさ、戦い方がわかんないから怖いんでしょう」

「戦い方……」

「そ。なんで皆が、たかが夢……そんな怖い顔しないでよ。夢をそこまで怖れるのかといったら、戦に慣れていないからでしょう。無理もないよね。皆もともと兵じゃない。そこらの邑からかきあつめられた農夫だもの。だったら──」


 子怜は口元に薄い笑みをひらめかせる。


「兵にすればいい」


 春明は唖然として子怜の端麗な横顔を見つめた。


 戦い方がわからないから訓練する。なるほど、理にかなっている。ただそれは、ことが現実に起こっている場合だ。


 奎厦も虚をつかれたように子怜の顔を見つめていたが、ややあって「馬鹿な」と吐き捨てた。


「いくら鍛えたところで、夢の中の敵に勝てるわけがない」

「やってみなきゃわからないさ。ようは気構えだろう。聞いたよ。夢の中で殺されたことを現実だと思いこんで死んだ兵がいたとか。だったらその逆もあったっていいじゃない」

「どうしてその話を……」


 言いかけて奎厦は口をつぐみ、気づかわしげにこちらの様子をうかがっている阮之に目をやった。それですべてを察したようにかすかに頭をふる。


「おれは反対だ。へたにやつらに武器なんぞ持たせて、また脱走を企てる者が出たらどうする」

「脱走?」


 子怜はわざとらしくその言葉をくりかえした。


「訓練だよ。そう言っただろう」


 春明の耳に、奎厦が奥歯をかみしめる音が聞こえるようだった。


 騒ぎを起こした洪という名の兵は、あの日以来魂が抜けたようにおとなしくなっている。監視役の兵によれば、日がな一日うつろな目をして座りこんでおり、ろくに眠ってもいない様子とのことだ。


「……とにかく、これ以上余計なことはするな。あんたの気まぐれでおれの城をひっかきまわされるのはご免だ」


 奎厦の敵意むきだしの眼差しを、子怜は平然と受けとめた。


「ひとつ、あらためるべきだね」

「なにをだ」

「きみの認識を。ここはきみの城じゃない。きみはただの城輔。城主は、ぼくだ」


 奎厦がぐっと言葉につまる。子怜はふわりと微笑んだ。


「というわけで、ひきつづき訓練の指揮を頼むよ。崔城輔」



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