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沙州関異聞  作者: いろは
第一章
2/11

 春明が子怜の随従(とも)として雇われたのは、ざっと十日前のことだった。


 その日の早朝、春明は慶州(けいしゅう)の州都、宜京の州令府の門前で立ちつくしていた。


 夜が明けたばかりだというのに、あたりには黒山の人だかりができている。群衆はいちように興奮した面持ちで、門前に貼り出された木札を見つめていた。正確には、そこに記された五十余名の姓名を、だ。


 墨の匂いすらただよってきそうな姓名の列。それは文挙と称される斉の官吏登用試験の、三次試験にあたる州試に通った者たちの名だった。


 合格者の歓声、落第者の悲嘆、彼らを称え、あるいは慰める家族や朋友たち、さらに野次馬も加わって、あたりは大変な騒ぎだった。


 それらすべてが、春明の耳にはひどく遠かった。

 朝日をあびて誇らしげにかがやく姓名の中に、春明の名はなかった。


「──ねえ、きみ」


 とん、と背中をたたかれた。ぼんやりとふりむいた春明は、そこでぽかんと口をあけた。


 そこに立っていたのは、すっきりと品のいい身なりの青年だった。年は二十歳手前といったところか。背丈は春明よりやや低く、全体的に華奢な体つきだ。


 もちろん初対面である。しかし春明が驚いたのは、見ず知らずの相手に声をかけられたからではない。その青年が、目もさめるような端麗な容貌の持ち主だったからだった。


「突然すまないねえ」


 愛想よく笑いかけられて、春明はかっと頬が熱くなるのを感じた。


 ほこりっぽい往来で、その青年のまわりだけ淡い光につつまれているかのようだ。道行く人々も、美麗な青年の姿に思わずといったふうに足を止め、しばし見とれた後に、今度は無遠慮な視線を春明になげかけてくる。この田舎くさい少年と、こちらの洗練された美貌の主はいったいどういう関係なのかと。


 通行人にじろじろと見つめられて、ようやく春明は我にかえった。


「……あの、なにか」


 おそるおそる尋ねると、青年は「うん、あのね」と、無邪気な笑みを浮かべつつ、さらりと剣呑な台詞を口にした。


「ちょっと顔かしてもらえるかなあ」



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