7話 不可思議
(……なんでだろ)
こすりは、フライヤーの前でぼんやり考えていた。
(赤髪くんに、狙われた理由)
思い当たることは、何もない。
世界を救った覚えもない。
誰かを裏切った覚えもない。
変な契約もしていない。
(……ボク、普通だよね)
普通に生きて、
普通に食べて、
普通に――
「こらぁ!」
頭を、ぱしんと叩かれる。
「集中しなさぁい!」
ねる子だった。
「油見て! ポテト焦げる!」
「あ、ご、ごめんなさい……!」
こすりは慌ててトングを握る。
ここはバーガーキングコング。
そして今日は――
初バイト。
⸻
「ふふ、緊張してる?」
ねる子がニヤニヤしながら覗き込む。
「顔、ずっと“考え事してます”って顔だよ?」
「……うん」
「なに考えてたの?」
「……内緒」
ねる子は肩をすくめた。
「まぁいいけど」
「今は仕事、仕事」
たんこぶがカウンターの上にちょこんと座って心配そうにみていた。
⸻
ピロリン♪
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー!」
二人が声を揃える。
入ってきたのは――
一人の男。
⸻
明るい色のパーカー。
明るい色の髪。
軽そうな笑顔。
年齢は二十代前半くらい。
「どーもどーも」
手をひらひらさせながら、店内を見回す。
「ここ、初めて来たんだけどさ」
視線が、止まる。
こすり。
「……あ」
「え、ちょっと待って」
男は目を輝かせた。
「君、めっちゃ可愛くない?」
⸻
ねる子の眉が、ぴくっと動く。
「はいはい、ご注文どうぞー」
だが男は気にしない。
「名前、なに?」
「バイト初日?」
「何歳?」
質問が、止まらない。
「え、えっと……」
こすりが困っていると、
「ねぇねぇ」
男はさらに距離を詰める。
「よかったらさ、今度――」
⸻
「お客さーん」
ねる子が割って入る。
「ナンパは他所でお願いしまーす」
男は、あっさり笑った。
「えー? 冷たいなぁ」
「別に減るもんじゃないじゃん」
そして、今度はねる子を見る。
「そっちのお姉さんもさ」
「めっちゃタイプなんだけど」
⸻
ねる子の笑顔が、引きつった。
「……ご注文、どうぞ?」
「はは、こわ」
男は楽しそうだった。
まるで――
人の反応そのものを、味わっているように。
⸻
その時。
ピロリン♪
再び、ドアベル。
⸻
「腹減ったぁ!」
無礼が入ってきた。
いつもの無表情。
いつもの空気。
こすりの顔が、ぱっと明るくなる。
「無礼!」
「よぉこすり!初バイトどうだ?」
「ちょっと大変……」
無礼は、自然にカウンターに寄る。
「ポテト大盛りで」
⸻
その瞬間。
男の笑顔が――
一瞬で、消えた。
⸻
次の瞬間だった。
⸻
シュッ。
音もなく。
男の手が動いた。
⸻
「……?」
無礼が、わずかに首を傾けた。
遅れて。
ぴちゃ。
赤い雫が、床に落ちる。
⸻
ナイフが。
無礼の――喉に、突き刺さっていた。
⸻
「え……?」
こすりの声が、震える。
ねる子が、息を呑む。
男は、にこにこしたまま。
「――あ、ごめん」
軽い口調。
「距離、近すぎだよ?」
⸻
無礼の体が、ぐらりと傾く。
血が、溢れる。
男は、ゆっくりとナイフを引き抜いた。
「改めまして」
笑顔。
「不可思議、って言います」
⸻男の名は雨野不可思議
⸻殺し屋だ。
静まり返る、店内。
こすりの視界が、真っ白になる。
(……なんで)
(……なんで、こんな)
不可思議は、こすりを見る。
目が、合う。
「こすりちゃんさ」
「ほんとに――」
楽しそうに、言った。
「隙だらけだよね♪」
⸻
第七話・完
つづく。




