6話 亡日②
「……おい、しっぽ」
亡日は、血を垂らしながら言った。
「そいつを連れて行け」
無礼は一瞬、目を細める。
背後では、
紅い獣のようなマンイーターが、低く唸っていた。
「こすりをだ」
亡日は振り返らない。
「安全なとこまで走れ」
「……お前は?」
「決まってんだろ」
亡日はナイフを逆手に構える。
「足止めだ」
⸻
「でもよ」
無礼が言いかけた、その時。
亡日は、初めて振り返った。
血と埃にまみれた顔で、笑う。
「――命令だ」
無礼は、舌打ちした。
「……死ぬなよ」
そう言って、こすりを抱え、地を蹴る。
一瞬で距離が開く。
亡日は、それを横目で確認した。
「……行ったか」
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次の瞬間。
マンイーターが、来た。
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速い。
重い。
鋭い。
鉤爪が、亡日の脇をかすめ、地面を裂く。
(……化け物が)
亡日は息を吐き、前に出る。
ナイフを突き立てる。
顔面。
血管のヒビ模様。
――硬い。
刃が、止まる。
「チッ……!」
反撃。
鉤爪が、亡日の右腕を掴んだ。
次の瞬間。
――ゴリッ。
音が、した。
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「……あ?」
腕が――ない。
正確には、
“あったはずの感覚”が、消えていた。
遅れて、激痛が走る。
血が、噴き出す。
化け物の口から少しはみ出した
右手。
指が、まだ動いている。
「……っ、は」
亡日は、笑った。
「……やってくれるじゃねぇか」
⸻
それでも、前に出た。
左手一本。
ナイフを持ち替える。
斬る。
刺す。
蹴る。
吹き飛ばされる。
立つ。
また来る。
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何度も、叩きつけられた。
肋が、折れる音。
視界が、揺れる。
呼吸が、追いつかない。
(……あぁ)
(やっぱ、人間じゃ無理か)
(クソむかつくぜ...)
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マンイーターが、亡日を見下ろす。
口が、開く。
喰う気だ。
亡日は、血だらけの顔で笑った。
「はっ……」
「てめぇも」
息を吐くたび、血が混じる。
「あのしっぽ野郎に殺されろ」
「そしたらよ」
「地獄で――」
目を細める。
「俺が、また殺してやる」
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――その瞬間。
ズンッ!!
衝撃。
マンイーターの体が、横にズレた。
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「……?」
次に見えたのは。
マンイーターの腕が――
食いちぎられている光景だった。
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無礼が、立っていた。
口元を血で汚しながら。
「……遅れた」
低く言う。
マンイーターが、怯んだ。
獣の本能が、警鐘を鳴らす。
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その隙。
亡日は、残った力を、全部込めた。
「――今だ」
ナイフを、振りかぶる。
跳ぶ。
顔面。
血管のヒビ。
ズブリ。
深く、深く、突き刺した。
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マンイーターが、悲鳴を上げる。
その裂け目に――
無礼の手が、かかる。
「終わりだバーカ」
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――ビリッ。
縦に。
上から下へ。
真っ二つ。
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赤い肉塊が、左右に崩れ落ちた。
地面が、揺れた。
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静寂。
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亡日は、その場に崩れた。
もう、立てない。
無礼が近づく。
「おーい……生きてるか」
亡日は、息を整えながら笑った。
「........はっ」
「情けねぇ...」
無礼は、しばらく黙ってから言った。
「……腕」
亡日は、目を閉じた。
「いらねぇよ」
「あんな使えねぇ腕」
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遠くで、サイレンの音。
こすりの声。
無礼は、立ち上がる。
「……もう来んなよ」
亡日は、薄く笑った。
「覚えとけよ」
「次は、ちゃんと攫う」
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血の匂いの中。
人間と怪物は、
同じ方向を見ていた。
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第六話・完
次回もお楽しみに!




