5話 亡日
夕方の街は、どこか油断している。
学校帰りの子ども。
買い物袋を下げた主婦。
そして――紙袋を抱えた、こすり。
「今日のどら焼き屋さん、けっこう並んでたなぁ」
独り言を言いながら、路地へ入った。
次の瞬間。
背後に、気配が落ちた。
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「……動くな」
低い声。
こすりの肩に、冷たい何かが触れる。
振り返る前に、影が前に回り込んだ。
軍服。
ベレー帽。
赤いロングヘアー。
小柄な男だった。
年齢は分からない。
ただ、目だけが――異様に冷たい。
「おまえが……“こすり”だな?」
「え? あ、はい? どちらさま――」
男は、答えない。
こすりの背後に回り、手首を取った。
力は強くない。
だが、外せない角度だった。
「依頼があって」
「少し、同行してもらうぞ」
⸻
「――させるかよ」
声と同時に、空気が裂ける。
路地の奥から、無礼が現れた。
「手ぇ離せ」
赤髪の男は、初めて無礼を見る。
一瞬だけ、目を細めた。
「……あぁ?」
「噂の“怪物”か?」
無礼は一歩前に出る。
こすりを背にかばう。
「こいつは俺の“ママ”だ」
「攫うなら――」
「俺を倒してからにしな(キメ顔)」
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赤髪の男――**亡日**は、静かに息を吐いた。
「悪ぃが」
「依頼は、全うする主義でな」
次の瞬間。
無礼と亡日が、同時に踏み込んだ。
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拳とナイフが交差する。
無礼の一撃を、亡日は最小限の動きで流す。
「……速い」
「てめぇもな」
亡日は距離を取り、無礼の動きを観察する。
(……こいつ、人間じゃねぇ)
(だが――倒せない相手でもねぇ)
元傭兵の判断だった。
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――その時。
地面が、鳴いた。
ゴリ……
ミシ……
アスファルトが、盛り上がる。
「……?」
無礼が視線を落とす。
次の瞬間。
ズンッ!!!
地面を突き破って、
“それ”が現れた。
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巨大。
全身が、紅い。
頭から背中にかけて、
獣のような立て髪。
両腕には、
鉤爪のように湾曲した刃。
そして――顔。
人の形をしているが、
そこには血管のようなヒビ模様が、
びっしりと走っていた。
脈打つように、蠢いている。
「……マンイーター」
亡日が、低く呟く。
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マンイーターの視線は、一点。
こすり。
ヨダレが、地面に落ちる。
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「チッ……」
無礼が舌打ちする。
「来るぞ、こすり!」
亡日は一瞬、迷った。
(攫う対象)
(だが――)
マンイーターが、跳んだ。
狙いは、こすり。
「……獲物を横取りされるのは、趣味じゃねぇ」
亡日は前に出た。
無礼と、並ぶ。
「共闘か?」
「こいつも俺の獲物だ」
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二人が同時に、踏み込む。
無礼の拳が、マンイーターの胸を打つ。
――硬い。
亡日のナイフが、脇腹を裂く。
――浅い。
マンイーターは、止まらない。
鉤爪が、空を切る。
風圧だけで、壁が砕ける。
「……こいつ」
無礼が歯を食いしばる。
「いつものじゃ、ないぞ」
亡日は、汗を流しながら笑った。
「いつも?」
「……こんなのと戦ってんのかよ」
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マンイーターが、咆哮する。
血管のヒビが、赤く光る。
まるで――
怒りそのものが、形になったように。
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その背後で。
こすりは、立ち尽くしていた。
(やば……ボクを見てる)
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無礼が、振り返る。
「こすり!」
「走れ!!」
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マンイーターが、再び跳ぶ。
亡日は、歯を食いしばった。
(――守るか)
(――奪うか)
選択の余地は、もうなかった。
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第六話へ続く
後半につづく。




