4話 消えた声
少し昔のはなし⸻
乾いた風が、砂を運んでいた。
異国の訓練基地。
焼けたアスファルトの匂い。
遠くで鳴る銃声は、もう日常だった。
「次、制圧訓練入るぞ」
ミネソタは短く指示を出す。
特殊部隊アルティメット。
彼は――隊長だった。
「隊長、相変わらず容赦ないっすね」
若いサーベイジが笑う。
「戦場は待ってくれない」
それだけ言って、ミネソタは前を見る。
この国にいる理由は、任務だけじゃない。
この街の一角に、妻と息子が住んでいた。
訓練が終われば、必ず顔を見に行く。
それが、唯一の救いだった。
⸻
その日。
空が、割れた。
――ドォンッ!!!
爆音。
地面が跳ねる。
無線が一斉に鳴り響く。
『市街地で大規模爆発!』
『武装集団によるテロ行為!』
ミネソタは即座に地図を確認する。
……色が、抜けた。
家族が住んでいる区域。
「アルティメット、出動!」
声は冷静だった。
胸の奥だけが、異常な速さで鳴っていた。
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街は、地獄だった。
燃える車。
倒壊した建物。
泣き声と怒号。
「隊長、指示を!」
「市民救出優先!
二班は東、三班は――」
指示は正確だった。
足だけが、勝手に走っていく。
「ミリア....」
「……ナラ……」
名前は、喉で消えた。
⸻
家が、見えた。
半分、崩れていた。
「ミリア! ナラ!!」
その瞬間――
――ドンッ!!!
至近距離の爆発。
耳鳴り。
世界の音が、消えた。
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口が、動いている。
小さな影が、こちらへ走ってくる。
ナラだ。
泣いている。
叫んでいる。
……はずなのに。
声が、聞こえない。
ミネソタは叫ぶ。
「ナラ!!」
自分の声すら、届いていない。
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瓦礫の向こう。
妻が、いた。
こちらを見て、何かを言おうとする。
唇が、動く。
――でも、音は戻らない。
次の瞬間。
崩れた天井が、
彼女の姿を飲み込んだ。
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時間が、跳んだ。
ミネソタは、息子を抱えていた。
熱。
粉塵。
血の匂い。
ナラは生きている。
必死に、しがみついている。
「……大丈夫だ……」
そう言ったつもりだった。
その時。
ナラの顔に、温かいものを感じた。
……赤い。
「……?」
ミネソタは、最初それが
自分の血だと思った。
だが――
ナラの顔を見ると
右目に太い鉄の棒が刺さっていた。
血が、止まらない。
そこで初めて、
“守れなかったもの”が、はっきりした。
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「隊長!!」
サーベイジが駆け寄る。
「……奥さんは……?」
ミネソタは、答えなかった。
答えられなかった。
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数週間後。
ミネソタは、隊を抜けた。
理由は語らなかった。
ただ一言。
「俺は……もう、何も守れない」
夜になると、
爆音が蘇る。
息子の口が動く。
でも、声がない。
妻の最後の言葉も、
永遠に――聞こえない。
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現在。
バーガーキングコング。
油の音。
ポテトの揚がる匂い。
ミネソタは、カウンターに立っている。
「……店長?」
サーベイジの声に、
一瞬、反応が遅れる。
「……あぁ、悪い」
無意識に、
出口と客の配置を確認していた。
まだ、隊長の目だった。
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サーベイジは、その背中を見ている。
かつての隊長。
今も、隊長。
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とある病院。
看護師が病室に入ってくる。
「ナラ君ー。点滴交換の時間だよぉ。」
「変わりはないかなぁ?」
ベッドにはずっと窓の外を眺める
右目に眼帯をつけた幼い少年が
無表情で座っていた。
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第四話・完
次回もお楽しみにぃ!




