10話 不可思議④
黒いマンイーターが、低く唸った。
硬質な皮膚。
鈍く光る黒。
獣のような体躯。
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無礼は、一歩下がった。
そして――
走り出した。
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「……っ!」
こすりが息を呑む。
「無礼!?」
だが、止めない。
無礼の背中に、迷いはなかった。
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マンイーターが、吠える。
鉤爪が振り上がる。
その瞬間――
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シュッ!!
不可思議のナイフが、一直線に飛ぶ。
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パンッ!!
同時に、乾いた銃声。
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左右。
二つの“目”に。
ナイフと銃弾が、寸分違わず命中した。
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「――ギャァァァァァ!!」
絶叫。
黒い巨体が、仰け反る。
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その瞬間だった。
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ブンッ!!
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鉄パイプが、空を裂いて飛んでくる。
投げたのは――サーベイジ。
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ガキン!!
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マンイーターの口が、強制的に開く。
上顎と下顎の間。
ちょうど、縦に。
鉄パイプが、噛み合うように挟まった。
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「今だ!!」
誰かが叫んだ。
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無礼は、迷わない。
大きく開いた口へ――
飛び込んだ。
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「――!?」
ねる子が、悲鳴を上げる。
「なにしてんのあいつ!!」
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次の瞬間。
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ドンッ!!
バキッ!!
ズチュッ!!
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異音。
内側から、破壊される音。
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黒いマンイーターの身体が、痙攣する。
腹部が、膨れ。
背中が、裂け。
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――そして。
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ズシャァァァァ!!
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無礼が、血と肉片を纏って飛び出した。
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マンイーターは、崩れ落ちる。
今度こそ――
完全に、動かない。
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静寂。
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次の瞬間。
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「……やったぁ!!」
こすりが、ぱっと笑顔になる。
「すごい! 無礼!!」
ねる子も、思わず拳を握る。
「……頭おかしいけど、勝った!!」
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ギロチンが、呆然と呟く。
「……中、入るやつ初めて見た」
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無礼は、何事もなかったように言った。
「外、硬かったから」
「中、いった」
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「理屈が雑すぎる!!」
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その少し後ろ。
不可思議は、すべてを見届けていた。
血のついたナイフを拭いながら、肩をすくめる。
「……ま」
「これなら、今日のところは心配ないか」
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こすりが振り向く。
「不可思議くん!」
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だが。
もう、いない。
ドアも鳴らない。
気配も残らない。
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ただ一言だけ。
空気に、残った。
「……またね」
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場面は、変わる。
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夜。
病院。
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ミネソタは、静かに病室の扉を開いた。
「……ナラ」
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ベッドの上。
右目に眼帯をした少年が、窓を見ている。
振り返らない。
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ミネソタは、ゆっくり近づく。
椅子に、腰を下ろす。
「……今日はな」
「店で、また騒ぎがあった」
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返事は、ない。
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それでも、ミネソタは話す。
「……守るってのは」
「難しいな」
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少年の指が、わずかに動いた。
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ミネソタは、それを見逃さなかった。
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夜の病室に、静かに灯りが落ちる。
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第十話・完




