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くまの国の「合い言葉」

作者: タケウチX

はじめましての方も、いつも読んでくださる方もありがとうございます。

本作は、くまの国を舞台にした “やさしいお話のふりをした小さな寓話” です。


もしよければ、深く考えずにページをめくってみてください。

最初は甘いケーキの香りのように、

最後は胸の奥にそっと残る余韻のように、

そんな物語になれたら嬉しいです。


では、どうぞ。

くまの国の入口に、ひとつの木の札がありました。

だれが置いたのかは、だれも知りません。


木の札には、やさしい文字でこう書かれていました。


「きのうより、あしたのほうが、すこしだけしあわせであること」


くまの国でただひとつの“合い言葉”として、大切にされました。


毎日くまたちは、

きのうより少し大きいケーキを焼き、

きのうより少し高い塔を積み、

きのうより少し元気に「おはよう」と言いました。


そんな“すこしずつ”を積み重ねるたびに、

くまの国はほんのり光り、

風まで甘くなるようでした。


くまたちは思いました。


「しあわせって、こうやって育てるんだね」





ある朝のことです。


大きな大きなケーキの前で、

いちばん小さなくまが、小さくつぶやきました。


「ぼく、もうじゅうぶんしあわせだ。

 これ以上の“すこし”が、どうしても見つからないや」


ほんとうに小さな声でした。

けれどその瞬間、国の光がかすかに弱くなりました。

甘い香りも、ほのかに薄れました。


くまたちは、不安そうに顔を見合わせました。


「どうして光が弱くなるの?」

「だれかが“すこし”をさぼったんじゃない?」


小さなくまは震えながら言いました。


「“すこし”“すこし”って、

 みんなはどこまで続けるの?

 ぼくは、もうしあわせなんだよ?」


その言葉は風に乗って国じゅうに広がりました。


そして――空に、かすかなひびが入りました。


くまたちはようやく気づきました。


いつの間にか、みんなが

“もっとすこし”“もっとすこし”という気持ちに

支配されていたことを。


きのうより高く……

きのうより大きく……

きのうより……


くまの国は生きていて、

その“すこし”こそが国の栄養だったのです。


だから小さなくまが「もうじゅうぶん」と言ったとき、

国はひとかけら栄養を失い、

やがて耐えきれなくなりました。


塔は静かに砂のようにほどけ、

ケーキの香りは消え、

光は森へしずかに溶けていきました。


あとに残ったのは、

入口にあった木の札が一枚、草の上に落ちているだけでした。


「きのうより、あしたのほうが、すこしだけしあわせであること」


風がその札を押し、

どこかの知らない国へ運んでいきました。


まるでまたどこかで、

“合い言葉”として掲げられるのを待つように――。

読んでくださり、ありがとうございました。

くまの国で大切にしていた“合い言葉”は、

どこか遠い世界の話でもあり、

どこか身近な場所でもあるのかもしれません。


しあわせは「もっともっと」と追いかけるものなのか、

それとも気づくものなのか。

この物語が、ふと立ち止まるきっかけになれば嬉しいです。


また次のお話でお会いできますように。

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