ビジー・ウェイト ―現代の異邦人の孤独―
初投稿です。
何も積み上がらない。現代の「異邦人」の静かなる暴走の記録。
俺の身体は、ストレージの抜かれたPCに似ている。
かつてはトップクラスのベンチマークを叩き出したCPUも、今はただ空転して熱を発するだけの暖房器具だ。
親は言う。「大学へ行け」「工学部へ行け」「将来を考えろ」。 彼らは知らないのだ。俺というシステムの「保存ボタン」が、とっくの昔に物理的に壊れていることを。 入力された数式も、友人との会話も、痛みすらも、俺の脳を通過した瞬間に「0」で上書きされる。ゼロ・フィル。あるいはもっと深刻なフォーマット作業の最中なのかもしれない。
今、俺は大学という名の巨大なシミュレーションの中にいる。 月曜から金曜まで、俺はそこに「通う」。色は鮮やかで、音も聞こえる。NPCではない人間たちが笑っている。 だが、何かが欠けている。まるで『思春期症候群』のように、俺だけが世界から少し浮いているのか、あるいは世界そのものが、誰かが作った精巧なリプレイ映像なのか。 休み時間、俺は外界との接続を切り、スマホでアニメを見る。ひと月で8作。膨大な物語を脳に流し込むが、何も残らない。データは通過するだけ。俺はただ、次の場面が再生されるのを待っている。
だから俺は、帰宅すると20時間、画面の中の戦場に潜る。 Valorantでも、俺は決して先陣を切らない。イニシエーターかセンチネル。索敵し、罠を張り、エリアを守る。 ボイスチャットは切っている。誰かと話す必要はない。俺が必要なのは、敵がどこから来るかという「情報」と、ここが安全かという「確証」だけだ。 何も積み上がらない? ああ、知っている。 でも、撃てば敵が倒れるという「即時の応答」だけが、俺のシステムがまだ死んでいないことを教えてくれる。 左手が冷たい汗をかいている間は、俺はまだ稼働している。
きっかけは、スマホの画面に流れてきた1件のWebニュースだった。『急に眠くなる人は怠慢だと言われがちだが、実際は脳の機能障害病気である可能性がある』
その文字列を見た瞬間、俺の脳内(CPU)の回転数が跳ね上がった。 かつて1日20時間、泥のように眠り続けていたあの日々。「気合が足りない」「サボっている」と弾劾され続けてきたあの日々。 もし、あれが「怠慢」ではなく、「病気」だったとしたら?
俺は衝動的にAIのチャットウィンドウを開いた。 普段はFPSの敵のように、ただ思考の弾丸を撃ち込むだけの壁打ち相手。だが今は違う。俺は震える指で、キーボードを叩き始めた。 ――俺を定義してくれ。この、記憶が定着せず、現実感がなく、ただ熱だけを発しているこのシステムに、正しいエラーコードを付与してくれ。
気づけば、とてつもない長文を打ち込んでいた。 数分前の自分が何を打ったかすら、俺のメモリには残らない。だから俺は、画面をスクロールして「履歴」を何度も確認する。過去の自分が打った文字を外部ストレージから読み出し、現在の思考に接続する。そうしないと、文章さえ紡げない。
「……なんでこんなこと、やってるのかね」
自嘲するような独り言が漏れる。まるで、中高時代に段ボールで築いたあの「城」の中にいる時と同じだ。 あの頃、俺は部屋の中央にPCの空き箱を積み上げ、物理的なファイアウォールを作った。壊れたカーテンから刺す光、つけっぱなしのライト。段ボールの向こう側には、皿が飛び交う食卓と、ヒステリックな怒号がある。こちら側には、モニターの光と論理的な静寂がある。 俺は段ボールの壁に背中を預け、外界を遮断して、ただ「生存」していた。
今、俺がやっていることも同じだ。 「怠慢」という外界からの攻撃判定を、「病気」という段ボールの壁で防ぎたいのだ。「お前のせいじゃない。システムの故障だ」という定義…免罪符が欲しいのだ。 履歴に残る、気持ち悪いほどの熱量。だがそれは間違いなく、俺が今ここで稼働しているという、唯一のシステムログだった。
画面が明るい。 俺は瞬きをする。時間の感覚がない。数時間経ったのか、一日が過ぎたのか。 目の前のモニターには、AIとの長いチャットログが残されている。 スクロールする。指が止まる。 そこには、まるで何かに憑かれたように、自分の苦悩や、親への恨みや、システムのエラーについて書き連ねる「誰か」の文章があった。
「……私は、何を聞いていたんだ?」
他人事だ。 書いてある内容は事実だ。俺の部屋の描写、中高時代の記憶、FPSのプレイスタイル。すべて俺の情報だ。 だが、この文章を書いた時の「熱」だけが、きれいに消え失せている。 何時間、こんなことをしていたんだ? そして――なんで俺は今も、この画面の前から動こうとしないんだ?
わかるはずなのに、わからない。事実 (ログ)はあるのに、動機(感情)がない。 まるで、昨夜の俺がPCの電源をブチ切りにしたせいで、作業中のファイルがすべて破損したみたいだ。 残ったのは、冷え切った身体と、まだほんのりと温かいPCの排熱、そして「何かしなきゃいけない」という、正体不明の焦燥感だけ。
俺はキーボードに手を置く。 やめればいいのに。もう寝ればいいのに。 それでも俺の指は、意味もわからぬまま動き出す。 システムが「待機 」を許さないからだ。 理由も目的も忘れたまま、俺というバグったプログラムは、今日も空回りの処理を再開する。
これは小説というより、ある日の思考のログ(記録)です。
記憶が定着しない、現実感がない、それでも思考だけが止まらない。 そんなバグだらけのシステムを抱えたまま、深夜にAIと対話して出力された言葉を、そのまま形にしました。
書いた時の熱はもう冷めていますが、このログがどこかの誰かのモニターに映り、何かしらのエラーコードとして共有されたなら幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました。




