1話 狂気的感情
そこには、血まみれのクラスメイトたちが倒れていた。
「助け…て」
周りには、数十匹のゴブリン。
別に驚きはしなかったし、特に何も思わない…。
死体の中にはもちろん櫻井の死体もある。体がピクピクと動いていて、正直かなりグロい。
「……僕も死ぬ感じかな?」
思わず呆れて笑いが出てしまう。
異世界に転移して、草だけ食って死亡。
良い笑い話になりそうだ……。
大体の奴らは、ここで諦めるのだろう。
実際僕も異世界転移する前ならば、そう思っていただろう。
だが、今はいるのは異世界だ。
僕は、前の世界には価値を感じていなかった。どれだけ努力し、頑張ったって僕の求めているものは手に入らない。どれだけ抗おうが僕は「普通」から抜け出すことができなかった。だから別に「死」というものを恐れてはいなかった。
だが、この世界は違う。ここにはゴブリンがいた。それだけでも僕にとっちゃ、とても幸福なことだ。
でもだからこそ、絶対に死ねないのだ。
久しぶりに感じる圧倒的な恐怖と緊張感。
どれだけ格好悪くたっていい、どれだけ恥をかいたっていい、こんなところで死ぬわけにはいかない。
活用できるものは全て使う。
ゴブリンたちから、逃げ切る方法を考えろ。
ゴブリンは、そう知能が高い生物じゃない(多分)。だから、完璧に僕を囲えば逃がさないで済むのに、ゴブリンとゴブリンの間がかなり空いているところがある。
「こんなことはしたくないんだけども」
僕は思いっきり地面を蹴り走り出した。転びそうになりながらも、近くにあった死体を持ち上げ、ゴブリンに投げる。皮肉なことにその死体は櫻井のものだった。一瞬目があったような気がした。
でも、正直気分は悪くない。一瞬でもこうやって異世界に来ることができたから。僕にとってはそれは宝くじが当たることよりも何千倍も嬉しいことだ。
なんだかんだで僕は焦っていない。ゴブリンに攻撃されることを恐れていない。
ゴブリンという元の世界にはいなかった生物。アニメと言えばのゴブリンだ。それに攻撃されるのならば、別に苦しいとは思わない。そんなんじゃなく幸福だ。体全体で異世界の要素を受け止められるのならば、それはご褒美のようなものだ。それを恐れたりはしない。
「ッ……ぐ!」
ゴブリンの刃物での攻撃が横腹部分に掠る。
ああ、なんて幸せなのだろうか。これが異世界の痛み、これが異世界の刃物。これがゴブリンに切られる感覚。実に素晴らしい。
そのまま、とにかく突っ走りゴブリンの包囲網から抜け出すことに成功した。
ゴブリンもさっき死んでくれたクラスメイトたちのおかげで、食料が充実しており、いちいち僕を追いかけには来ない。
ゴブリンたちも見えなくなってきたので一旦落ち着き、呼吸を整える。
「はぁー、はぁー」
どうしたものか。
幸い傷はそう深くないが、このままずっと放っておけば、いずれか死ぬ可能性もある。それにせっかくの制服が……。
しかも周りは見渡す限り草原。水不足や食料不足、はっきり言ってガチでやばい。
やっぱり孤独は嫌いだ。もともとわかっていたことだが、実際になって痛いほど伝わってくる。孤独でないだけで、気分がとても左右される。
まぁでも今は歩き続けるしかない。
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2時間ほど歩いただろうか。
どうやら今は夏らしく、暑い日差しにさらされ続け、喉も乾いてきた。さらに頭が痛く、めまいもし、体がふらつく。まるでこの僕が熱中症でも起こしているかのようだ。それに地味に制服も重いし、今はシャツに長ズボンだが正直全裸で歩きたいところだ。
今の僕の作戦としてはこうだ。
まず、川を探して水を飲む。その次に食べれそうなものを探す。そして次にーー
「バタンッ」
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「んん?」
「はっ!」
やべ僕寝ちゃってた。寝ちゃってたっていうか、意識を喪失したのかな? まあどっちも然程変わらないか。
「ん?」
僕はその時に目に違和感を感じた。
「え…?」
目を触ってみると濡れていた。たくさん寝て涙が出るとかそういう量じゃなかった。
それに僕はまだ泣いていた。涙はどれだけ抑えようとしても止まらない。
「な、なんで…! 涙が止まらない…」
僕が悲しくて泣いたことなんて覚えている中じゃ人生で一回もない。
なのに、最悪な気分だし、とても悲しい。そして多分これは、異世界に来てしまった不安とかそういうのじゃない。
ーー何かを失ってしまった気がする。
ーー何か大切なことを忘れてしまっている気がする。
とりあえず、落ち着こう。いくら泣いたって何もならないし、何もわからない。
「ふーー」
僕は、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「よし」
涙は止まり、いい気分ではないけど気分も戻った。
「後は、問題を解決していくだけだ。まず食料問題、水分問題、そしてこの傷だーー」
ーーえ?
「傷がない…」




