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鼓動と地鳴りの街

山脈の谷間に、その都市はあった。


岩壁にへばりつくようにして築かれた町、鉱山都市ロックブロウ

かつては魔力鉱石の産地として栄え、王国の軍需を支えた重要拠点――そのはずだった。


だが今、その面影は風に削られている。

舗装が割れた石畳。歪んだ街灯。崩れかけた家屋。

あらゆるものが、定期的に訪れる地鳴りの脅威に蝕まれていた。


 ――ゴゴゴゴォン……


地の底から、低く唸るような音が響くたび、街がわずかに震える。

瓦がずれ、壁がひび割れ、誰かの悲鳴が遠くで上がる。

それでも人々は、恐怖に顔を引きつらせながら、日常を繰り返していた。


「神罰だ」「地下に魔物が巣くってる」「もうじき大地ごと沈むぞ」

そんな噂ばかりが、酒場の隅や市場の陰でささやかれている。


だが――誰も真実を知らなかった。

この街を揺るがす“音の正体”を知る者は、一人としていなかった。


そしてその音は、今日も――地の底から忍び寄る。




ケンたちの到着 ―《ロックブロウ》の静かな狂気―

山道を抜けた先、谷底のような場所に、鉱山都市ロックブロウは沈むように広がっていた。


建物の多くはくすんだ石造り。煤けた壁に、錆びた看板。商店の扉には板が打ち付けられ、通りを行き交う人々は無言で、ただ地面を見つめていた。


ケンはギターケースを肩に下げながら、街の入り口で足を止めた。


「……まるで音が死んでるみたいだな、ここ」


ポツリとつぶやいた言葉に、アリアが静かにうなずく。


「かつては王国でも指折りの鉱山都市だったの。でも、数年前から……地鳴りのせいで、どんどん人が出て行って」


ヨミは後ろから歩いてきて、空を仰いだ。


「この空気……歌の響きがすぐに吸い込まれちまうわ。声が届かない感じ、っていうのかな」


街の中心、やけに静かな広場で三人が様子をうかがっていると、村長らしき壮年の男が彼らに気づき、足を引きずりながら近づいてきた。


「旅の方か……珍しいな。ここに来る者は、もういないと思っていた」


男の名はラウル。かつて炭鉱で指揮をとっていた村のまとめ役だという。


ラウルは重い口調で語る。


「地鳴りはな、決まって三日に一度、日没前後に来る。初めはただの地割れかと思ったが……あの音は、おかしい。まるで何かが“叩いている”ような……そんな規則的なリズムを感じるんだ」


ケンの眉がわずかに動いた。


「リズム……?」


彼はギターケースの中に手をやると、ゆっくりと呟いた。


「わかる。これ、自然の揺れじゃない。“誰か”が刻んでる。……“音楽”だ。しかも、ドラムの……」


アリアとヨミが同時に彼を見る。


「まさか……」

「魔族の仕業か?」


ケンは目を細め、静かに笑った。


「たぶん、そいつ――でっけぇドラムを叩いてる奴が、地鳴りの正体だ。だったら、こっちも演ってやるよ……音でな」


その言葉の直後、大地が低く呻いた。


 ――ゴゴゴゴォ……ンッ!


街全体が小さく跳ね、壁の埃がぱらぱらと落ちる。


地の底から響いてくるのは、もはやただの振動ではなかった。

重低音。ビート。連打。

まさしく、それは“音楽”の名を冠するにふさわしい暴力だった。


ケンはギターケースを開く。中から姿を現した《Doombringer》の黒光りするボディが、微かに共鳴している。


「行くぞ。ドラム野郎に――ライブでぶつけてやる」



夜の地鳴り、そして――“魔のビート”

夜。鉱山都市ロックブロウの空は、曇天に覆われ、月の光すら地上に届かない。


不意に、大地が呻くように低く鳴った。


 ――ゴゴ……ォォン……ッ!!


建物の壁が軋み、屋根瓦がわずかに跳ね上がる。

だが、今回は違った。

地響きに重なるように、何かが規則的に空気を震わせたのだ。


 ――ドン……ッ、ドン……ッ、ドドンッ!


「……ッ!」


ヨミが息を呑む。耳を澄まし、空気に溶ける“それ”を感じ取る。


「……これは、ただの地鳴りじゃない……違う……魔力を帯びてる……ビートよ。鼓動じゃない。“打撃音”……!」


ケンは黙って歩み出て、崖のようにそびえる岩壁にそっと手を当てる。

そして――耳を近づけた。


 ゴゥ……ン、ドドン……ッ!


骨を伝ってくる振動。それは、まるで巨大なスネアが地の底で打ち鳴らされているかのようだった。


ケンの目がわずかに細められ、口元が歪む。


「……なるほどな。こいつは、ライブの前の――サウンドチェックってやつだ」


アリアとヨミがケンの方を振り向く。


「サウンド……?」


「……まさか、もう準備に入ってるってこと……?」


ケンは岩壁から身を引き、《Doombringer》のネックを軽く撫でた。


「そういうこった。でけぇアンプ鳴らして、地下で待ってやがる。ドラムの魔将――“グロッグ”だ」


彼の声に、静かだった夜が緊張を帯びる。


 ――これは、ただの自然現象じゃない。

 誰かが意図をもって“音”を鳴らしている。

 この地に響く重低音は、魔のライブの開演を告げる前奏曲――


 そしてそれを、音で止められるのは――“音の使い手”だけ。


「だったら……迎えに行ってやるさ。俺たちのセッションをな」


ケンの言葉に、風が応えるように山肌をかすめた。




絶望の街、沈黙する人々

地鳴りが去った翌朝。

曇天の下、ケンたちは町の広場にいた。崩れかけた石畳、閉じられた店の扉。人々の表情は灰のように沈んでいた。


「このまま放っておくわけにはいかない」

アリアが拳を握りしめ、街の男たちに呼びかけた。


「この地鳴り……何かが意図的に引き起こしているのは確かよ。わたしたちは、それを止めに来たの」


しかし、返ってきたのは静かな怒号だった。


「やめろ……やめてくれ!」


声を上げたのは、頬に煤をつけた鍛冶屋風の男。疲れ切った目を、かすかに震わせながら言葉を吐く。


「昔……王都の騎士団が調査に来た。だが……全員、あの地鳴りとともに消えた。戻ってきた者は、一人もいねぇ……!」


周囲の人々も頷く。誰かが呻くように言った。


「ここはもう……終わった街なんだ。見捨てられた場所なんだよ……。関わるな……お前らまで呑まれるぞ……!」


その言葉に、アリアの表情が曇る。しかし、迷いの中にも一筋の強さを宿した目で、前を見据える。


「それでも……私たちは、黙って見過ごすわけにはいかない」


風が吹く。ケンの髪が揺れ、肩にかけた《Doombringer》が静かに軋んだ。


そして、彼は口を開いた。


「……音のせいで、誰かが泣いてるなら――」


ギュッとネックを握りしめる。


「――黙ってられねぇよ」


その声には、かつてステージに立っていた男の覚悟が宿っていた。

人々の恐怖を、沈黙を、諦めを――そのすべてを、音で打ち破るために。


アリアがそっと微笑み、ヨミは静かに頷く。


まだ街は絶望の中にあった。

だがその中心で、小さな音が、再生のリズムを刻み始めていた。



古文書に刻まれた“音の支配領域”

夜。

廃屋となった旧書庫の中。埃の積もった棚をかき分け、ヨミは一冊の古文書を手にしていた。朽ちかけた羊皮紙に、かろうじて読み取れる文が記されている。


「……“音域転写実験記録”……?」


火灯の揺らめきの中、彼女の指がページをなぞる。


「この記述……やっぱり……」


ヨミは顔を上げ、ケンとアリアに静かに告げる。


「魔王軍は、“音”そのものを武器にしてるだけじゃない……音を通じて、空間や大地に魔力を染み込ませてるの。これは、魔力の“波長汚染”。」


「波長……汚染?」


アリアが眉をひそめた。ヨミは続ける。


「音は、本来“空気の振動”よね。でも、魔王軍はそこに魔力を乗せてる。特定のビート、特定のテンポ……つまり**“音楽の構造”そのものを媒体**にして、土地を侵食してるの」


ケンが黙って耳を傾けながら、そっとギターの弦を弾く。軽く響いた音が、静かに空気を揺らした。


「それって……つまり、この街も……」


「ええ、ここ《ロックブロウ》は――音魔法の実験場」


ヨミが最後のページを開く。そこには、奇怪な譜面のような図とともに、異形の名前が書かれていた。


“魔将グロッグ、目的:地殻打刻による音核形成”


「……“音核”……?」


「大地そのものを、巨大な打楽器に変えるつもりなのよ。一定のリズムで大地を叩き、魔力の共鳴を起こす。それを繰り返せば、この地は完全な“魔王軍の音場”になる……」


「つまり……この地鳴りは“演奏”の一部ってことか」


ケンの目が鋭く光った。

彼は立ち上がり、ギターのネックを握る。


「クソ……マジかよ。勝手にこんな音を……」


拳を握る。


「俺の舞台、勝手にリハーサルしてんじゃねぇよ、グロッグ――!」


アリアも立ち上がる。


「止めましょう。このままじゃ、街も、大地も、音に飲まれてしまう」


ヨミは古文書を静かに閉じた。


本番ライブを始める準備は、整ってるみたいね……」


こうして、ケンたちは“音核”を砕くため、地底へと向かう。



──そして、“本番”が始まった。


深夜。

鉱山都市ロックブロウの空気が、突如として張りつめる。


大地の底から、轟音のドラムが鳴り響いた。


ドォン! ドォォンッ!!

地を穿つような連打。重低音が山全体を揺さぶる。

まるで山が怒り狂ったかのように、岩肌が波打ち、空気が歪む。


「くっ……何、この音圧……!」


アリアが耳を押さえながら叫ぶ。

ヨミも怯んだ様子で、かろうじて立っている。


窓ガラスが次々に振動し、パリンッ……パリンッ! と砕けていく。

街の中心部では、かつての広場だった石畳が浮き上がり、瓦礫が宙を舞った。


住人たちが逃げ惑う中、その場にただ一人、音に立ち向かう者がいた。


ギターを背に立つ男。

闇を切り裂くように、ケンが《Doombringer》を手に取った。


空気を裂く衝撃の中、彼は――叫ぶ。


 


 「この街のグルーヴ、壊させてたまるかよ!!」


 


右手が弦をかき鳴らした瞬間、音が爆ぜた。


ギターの咆哮が、深夜の空に雷のように響き渡る。


その音はまだ、未完成で不安定。

けれども、確かに**“誰かを守る”ための音だった。**


音と音が、今まさに交わろうとしていた。


──次章、「ライブバトル」開演。

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