王都襲撃と初ライブバトル
王都襲撃の兆し
王都の石畳が、かすかに震えていた。
音ではない、感覚だ。遠くから迫る重低音のような、胸の奥を撫でるような波動。
ケンは足を止めた。
王都の裏門――出る直前、空が突然、異様な色を纏いはじめる。
「……なんだ、空の色……?」
厚い雲が渦を巻きながら、紫黒に変じていく。
そして、**ドン……!**と、腹の底に響くような音。
稲妻ではない。雷鳴でもない。
それは、“黒い雷”――まるで低周波ノイズの衝撃だった。
アリアがケンの腕を掴んだ。「……来るわ。これは……」
視線の先。街の外れの地平から、歩いてくる“何か”が見えた。
黒い鎧。鋲だらけの肩当て。
革のベルトが何本も絡みつくように体を締め上げ、
顔を隠すような仮面の奥から、ぎらつく目が光っている。
その集団は列を組まず、まるでステージに向かうバンドメンバーのように乱雑だった。
ケンは、ほんの数秒、唖然と立ち尽くし――そして、ぽつりと呟いた。
「……なんだよあれ。俺のバンド衣装の劣化コピーか?」
街の鐘がけたたましく鳴り響く。
衛兵たちが混乱の中で叫ぶ。
「敵襲だ!魔王軍だッ!!」
「北門周辺、急行しろ!!」
人々が逃げ惑い、混乱が広がるなか――
ちょうどそこにいたケンとアリアも、否応なく注目を浴びてしまった。
「――見ろ!あの男! あの格好……!」
「同じだ!あの黒革、棘、ギターみたいな武器! あいつも魔王軍の仲間だッ!」
「音で牢を破壊したっていう、異邦の狂奏者だ!!」
ケンの背中の《Doombringer》が、燦然と金属の冷たさを反射する。
衛兵たちも剣を抜きかけ、街の民たちは石を手に取り始めていた。
「違うッ!! 彼は違う!!」
アリアが必死に前に出る。
「私を救ってくれたの! お母さんのことも……この人は、そんな……」
だが、怒号と不安は膨らんでいく。
あの日、牢を破壊した“謎の爆音”はまだ市民の耳に残っていた。
ケンは一歩前に出て、ぐるりと周囲を見回した。
誰もが、自分を恐れている。
音を、恐れている。
だが、その中心にいる自分だけが、奇妙に静かだった。
「……まったく。服のセンスが被っただけでこの扱いかよ」
ギターに手を添えながら、ケンは口の端をつり上げる。
「なら、いいぜ。どうせ俺は、音でしか語れねぇ」
次の瞬間――遠くから魔王軍の叫び声が響いた。
「轟音を鳴らせぇぇぇ!! この腐った王都をぶち壊せ!!」
「我ら、魔王直属――狂奏の騎士団なりッ!!」
そして、彼らの背から現れるのは――
武器にしては異様な形状の、“金属製の管”や“棘のついた弦楽器”。
ケンの瞳が細くなる。
「マジで……楽器で戦う気かよ……」
彼の背の《Doombringer》が、小さく、震えた。
空気が、音を欲していた。
次に起こるのは、演奏ではなく、戦争だった。
街角ステージ、即興ライブバトル開始
叫び声。炎。魔王軍の足音。
王都の通りは、もはや戦場だった。
ケンは、倒れた露店の影から様子を窺いながら、ひとつ息を吐いた。
「……ちっ、どうすりゃいい」
《Doombringer》は、背中で不気味に沈黙している。
まるで「演らねえのか?」と、問いかけているかのように。
あのまま隠れていれば、アリアと共に逃げることはできたかもしれない。
だが――耳が、痛かった。
いや、耳ではない。“音”そのものが、泣いていた。
燃える家々、崩れる石畳。
すべての悲鳴が、無秩序なノイズに沈んでいく。
ケンの眉がひくつく。
「……音が、潰されてる」
それは、彼にとっての“虐殺”と同義だった。
感情を伝える手段、人生の意味――音そのものが蹂躙されている。
彼の心が、それを許さなかった。
《Doombringer》を背中から、ゆっくりと引き抜く。
太陽が金属のボディに反射し、眩しい火花を落とす。
アリア:「……ケン、あなた……?」
ケンは肩越しに微笑んだ。
「俺が動きゃ、また“疑われる”かもしれねぇ。……でもな」
ギターを構える。
アンプもエフェクターもない。ただ、生の音――だけで。
「音が泣いてんだ。だったら――」
――演ってやるよ、俺の音を!!
瞬間、彼の手が走った。
「ゴォォォォンッッ!!」
ギターから放たれた一撃は、ただのリフではなかった。
超低音の衝撃波が、波のように街の通りを駆け抜けた。
突撃してきた魔王軍兵士のひとりが、立ちすくむ。
魔族兵:「……なっ、音が……!? 耳がッ――身体が……砕け……っ!!」
【リフ・ブレイカー】――発動。
その一撃は、“音圧”そのもので敵を打ち砕く魔法技だった。
見えないのに重い。聞こえるのに痛い。
音楽の理論を無視した、“怒り”の爆発。
魔王軍兵たちが、いとも簡単に吹き飛ばされた。
数人は石壁に激突し、地面に転がる。立ち上がれない。
アリア:「これが……音の魔法……!? これが、彼の戦い方……!」
ケンの足元には、壊れかけの台車と瓦礫。
まるで即席のステージのようだった。
街の構造が、音を跳ね返し、広場に**ライブ会場のような“反響”**を生んでいた。
「――俺の音が、通る」
次の瞬間、彼はギターを高く掲げ、
“第二音”を叩き込む構えを見せる。
音が、武器になる。
音が、命を救う。
その第一歩が、いまここで、轟音と共に刻まれた。
勝利と代償
魔王軍の偵察部隊は、【リフ・ブレイカー】の衝撃に恐れをなし、撤退していった。
王都の通りに、ようやく静寂が戻る。
焦げた空気と瓦礫の臭い。
だが人々の顔に、安堵の色はなかった。
むしろ――冷えた視線だけが、ケンに向けられていた。
兵士A:「……さっきの音……街が、崩れるかと思った……」
兵士B:「あいつ、魔王軍と同じ格好だろ。黒革に鋲って……」
村人:「魔族の仲間かもしれんぞ。奴らの“狂奏者”って噂、聞いたことある」
ざわり、と風が吹いた。
その風が、まるで人々の恐怖と猜疑を運んでくるようだった。
ケンは、ギターを肩に背負い直す。
何も言わず、群衆に背を向けた。
一歩。もう一歩。
その背に――ゴツッと、何かが当たった。
石だった。
誰が投げたのかは分からない。
だが、それが“感謝”でないことだけは、はっきりと伝わってくる。
ケン(低く):「……結局、こっちでもかよ。“俺の音”は、異端か」
過去のライブ会場、ネットの誹謗中傷、バンド解散、観客の無関心――
“あの頃の冷たさ”が、形を変えて再び押し寄せる。
それでも、沈黙の中、隣から小さな声がした。
アリア:「……でも私は、救われた。あの音に……」
ケンはふと、彼女の方を振り返る。
その瞳に、嘘はなかった。
ケン:「……お前の言葉が、一番効くぜ。……クるな」
自嘲気味に笑って、ケンは前を向く。
ギターはもう、彼の“武器”であると同時に――“希望”でもあった。
二人は、王都の門を越える。
焼け落ちた街を背に、音を宿した旅が始まる。
誰も知らない、新しいリフを求めて――。
ラストナレーション
その音は、確かに――魔を砕き、人々を救った。
だが同時に、それはこの世界にとって、
あまりにも異質で、あまりにも早すぎた衝撃だった。
黒革の衣装。鋲だらけの装備。爆音。破壊。
誰もが「恐怖」の名のもとに、それを拒絶した。
だが、彼は止まらない。
誰に嘲られようと。
誰に背を向けられようと。
彼の“ライブバトル”は――まだ、始まったばかりだ。
音が、武器であること。
音が、心を貫き、現実を変えること。
それを、この世界が知るその日まで。
異世界という名のステージに、
ギターの咆哮が――今、鳴り響く。