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【BL】古魔道具屋の女房と猫  作者: 丁銀 導


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046 路拓く者①【エイデン】


「なぁ、なかなかの美男だろ?シルヴァさんって名前なんだ」


初雪を思わせる純白の毛並みに、夢見るような灰青の瞳。

ヴィクター黒ギルド長の差し出す写真には、一匹の美しい白猫が写っていた。


「シルヴァさんはおとなしくて優し過ぎるから、

お前みたいに気の強い美人がちょうどいいと思うんだよなぁ…どうだ?」


話し掛けられるリュウは、興味なさそうにゴロンと床に寝そべった。

ヴィクターさんは同じように床に寝そべり、白い衣服が汚れることも気にせず

さらにリュウを口説き続けた。


「お前とシルヴァさんの間に生まれた子猫なんか、きっと最高に可愛いぜ?

真っ白か真っ黒か、グレーの毛並みも捨てがたい…!!

広い庭付きの豪邸で三食昼寝付き!綺麗で優しい旦那付き!!

いつでも自由に実家に帰っていいしさ、悪い話じゃないだろ?

なぁリュウ、うちに嫁に来ないか?」


ヴィクター黒ギルド長はよほど、その『シルヴァさん』が可愛いのだろう。

必死にリュウを説得する様は微笑ましかったが、

さすがに気の毒になって口を挟む事にした。


「ヴィクターさん、リュウはオスですよ」

「えぇ?!早く言えよ~!人が悪いな!」

「すみません」

「なんだよ~。絶対お似合いだと思ったのにさ。

いや、この際オスでも、シルヴァさんさえ気に入れば…」


写真をカードケースに仕舞うと、

ヴィクターさんは売り物の古い揺り椅子に腰を掛けた。

まだリュウに未練があるらしく、しばらくぶつぶつと呟いていたが

最後には「しゃあないな!」の一言で、あっさりと締め括った。


俺が黒ギルドの事務所に乗り込み、

ジュナイを連れ戻した件からまだ半年も経たないが、あれ以来、

ヴィクターさんは俺の店に時々遊びに来るようになった。


『いつか、あんたの店に遊びに行っていいか?』


社長室から退室しようとする俺に、ヴィクターさんはそう声を掛けた。

筋者も社交辞令を言うのだな…などと意外に思いつつも

深く考えずに快諾すると

その三日後。

店先に鮮やかな黄緑色の走竜(二本脚で走る巨大なトカゲ)が停められていた。

ヴィクターさんの言う『いつか』は、俺の感覚では『近々』なのだとその時知った。

最初は当然驚いたし、わずかながら警戒もしたが、旧知の友達の家に

遊びに来たかのようなヴィクターさんの屈託のない振る舞いにつられ、

俺の方もいつしか気にしなくなっていた。

流石に他の客の目も有る場で『黒ギルド長』と呼ぶことは

できないので、本人の了承を得て『ヴィクターさん』と呼んでいるが。


「今日も走竜ですか」

「ああ、家からたったの二駅だからな。馬車じゃ大袈裟だ」

「ボディガードも付けず、危険では?」

「へーきだよ。命が惜しくて、こんな商売やっちゃあいねぇさ」


黒ギルドの長ともなれば、黒塗りの箱馬車を防弾仕様に改造して乗り回し、

遠出するにも魔石機関車を車両ごと貸し切るなどして警戒する者もあるようだが、

この人はまったくそういった気は無いらしい。

確かに俺が現役の殺し屋だとしても、無防備過ぎて逆に警戒するだろう。

それに、スーツではなくカジュアルな服装に身を包んだヴィクターさんは

並外れて整った容貌以外、どこからどう見てもごく普通の若者にしか見えない。

一人気ままに走竜を乗り回す彼を、誰が黒ギルド長だなどと思うだろう。


「ボディガードなんかゾロゾロ連れ歩いたら、黒ギルド長でございって

宣伝してるようなモンだろ。一人の方が安全なんだ」

「なるほど」

「古シナノワ史であったよな?こういうの」

「『空城の計』ですね」

「そう!それ」


リュウを膝の上に乗せると、その毛並みを優しく撫でる。

ゴロゴロを気持ちよさそうに喉を鳴らすリュウを見つめる

ヴィクターさんの表情は、どこまでも優しい。

俺はふと、その横顔に懐かしさを覚えた。


ジュナイに似ている。

まだここに来たばかりで、多くを語らなかった頃のジュナイに。


…それに気付いてしまった以上、

いつものように世間話だけをする事はできなかった。

裏の世界から引退した身で、たとえ何の力になれなかったとしてもだ。


「何かありましたか」

「……」

「まさか、猫と遊ぶためだけに来られたのではないでしょう」

「…さすがは『黒き刃のバルヴァロス』。お見通しか…」


こちらを見据える緑色の眼は、明らかに『普通の青年』のものではなかった。

四十や五十の男の分別を持ち、若者らしい軽やかさとは無縁の

重荷を背負う男の眼だった。

俺はその眼にも見憶えがあった。


「最近、うちのシマでヤクを流してる奴らがいる」

「麻薬…ですか」

「ああ」


貿易都市シナノワ中心部に近いとは言え、

そこまで栄えている印象のないこの街にも

薬害禍が忍び寄っているのかと、知らず眉をひそめた。


『グラディウス』は黒ギルドの中でも、博徒の流れを汲む者達だ。

いわゆる『太い』収入源となる

薬・女に手を出さず、違法カジノを始めとする賭博を主とした

財源しか認めない硬派さを、亡き父はよく褒めていた。

ただ…他の黒ギルドが高額の金を払い、外国から呼び寄せた殺し屋に

受注するような血腥い汚れ仕事にも、

自ら躊躇わず手を染めるという恐ろしさを、

グラディウスは併せ持っているのだが。

かつての俺と父も、マーズくんを含む俺の友人達も…

そうしたグラディウス黒ギルドが無数に抱える

殺し屋の一員なのだから、その実情はよく分かっている。


「そこで、あんたに頼みがある」

「…大したお役には立てませんが」

「いやいや、古魔道具屋ってのは客以外にも解体業者やら金持ちやら、

色々な奴らと付き合う商売なんだって武者から聞いたぜ?

どっかでそういう噂を耳に挟んだらでいい。俺に流してくんねぇか」


確かに、昨今は小ぎれいで洒落たイメージの古魔道具屋も増えたが、

元々はゴミに等しいガラクタを高値で売り捌き、

高価な骨董を素人から安値で巻き上げるやくざ極まりない商売だ。

そして俺が昔から懇意にしている古参の業者には、

未だにそういった時代の影を引き摺った人間が数多く残っている。

こんな零細業界の実情まで調べてあるとは、

さすがはグラディウスの金庫番と言ったところか。

ドミニオさんもヴィクターさんと同じく『王立魔法学院出』と言っても

通用するような、いかにも育ちのよい、賢そうな青年にしか見えないが…。


「構いませんが、大体の目星は付いているのでは?」

「まぁな。うちも含め、ここいらの黒ギルドは

揃ってヤクはご法度と厳しくシめてる。

おそらく、破門になった奴らだろうが…確実な証拠が欲しい」

破門。思わずそう呟くと、ヴィクターさんは苦く微笑んだ。

「黒ギルドって商売もすっかり斜陽でなぁ…。カネに目が眩んで、

陰でこっそりヤクを流す黒ギルド員が後を絶たねぇんだ」

「……」

「あんたも知ってるだろうが、ウチじゃ薬と女でしのぐのはご法度だ。

ただ…もうそれじゃあ、やって行けなくなってる」


黒対法…いわゆる『黒ギルド対策法』以後の黒ギルドの衰退は著しい。

黒ギルドに所属していると軍警に嗅ぎ付けられてしまえば最後、

銀行口座も作れず、ローンはおろか賃貸住宅すらも借りられない。

何より、彼らと関わった一般人も犯罪者にされる。

本人は元より、その妻子・友人知人に至るまでだ。

古魔道具屋の店先で、こうしてたまに世間話をするくらいなら、

軍警に少々つつかれようと如何様にもシラを切れるが…。


最盛期は裏カジノや地上げで荒稼ぎし、

それなりに幅を利かせた『グラディウス』も

社会から居場所を奪われてしまえば、存在のしようがないのだ。


「…黒ギルドをな、畳んじまおうかと考えてんだ」


ぽつりとヴィクターさんは言った。

「先代は何と」

「当然反対してるよ…黒ギルドの看板を下ろすなんざ

言語道断だって、耳を貸すそぶりもない。

だがもうどうしようもねえ。万事、手詰まりなのさ」

「…そうですか」


ヴィクターさんは前黒ギルド長がずいぶん高齢になってから、

ようやく授かった一人息子だと昔、父から聞いた事がある。

年齢にして、祖父と孫ほどの開きがあるのだという。

黒ギルドが社会に受け入れられていた時代を生きた前黒ギルド長と、

新しい時代で黒ギルドの在り方を模索するヴィクターさんとでは、

話が噛み合わない事は想像に難くない。


膝の上に抱いたリュウの毛並みを撫でながら、淡々と話すヴィクターさんの言葉を

俺はただ、黙って聞いた。かける言葉がないということもあるが…

胸襟を開いてくれる相手に対して、それが最も誠意を示す態度だと思ったからだ。


「あんたみたいに、堅気として立派にやっていけるもんばかりならいいが、

黒ギルドの構成員ってのは堅気でやって行けねえクズがほとんどだ。

そいつらが黒ギルドという後ろ楯をなくして、シャバに放り出されてその後どうなる?

まっとうに働こうなんて思いもつかねぇ奴らの行き着く先なんざ分かってる。

詐欺、強盗、殺人…何の落ち度もない世間様に、どれだけ迷惑を掛けるか知れねぇ。

それだけは、なんとかしてぇんだが…」


グラディウス先代が悪手を打ったせいで父を喪い、それまでも散々

筋者稼業の実情を、それこそ『尻の穴まで』見せられていた身としては、

黒ギルドなどこの世からさっさと消えてしまえばいいという感想しかない。

怠惰で短絡的な思考の人間が、社会から落ちこぼれるのも自業自得だ。


…だが、目の前にいるヴィクターさんに

そういう言葉を投げつける事などできなかった。


それが何故なのかは考えるまでもない。

ヴィクターさんの声の端々に滲む苦悩のひとつひとつを理解できたからだ。

それに黒ギルドを憎んではいても、ヴィクターさん本人に恨みはない。


「俺だって、好きで黒ギルドを継いだんじゃねえ。

こんなクソみたいな商売、畳めるならとっとと畳めばいい」

「……」


「もっと喜んでいいはずなのに、なんでだろうな…

…こんなに、悔しいのは…」


それは、かつて俺と『ラファエルさん』の舐めた辛酸と同じもの。

生まれながらに自由のない人間の苦しみだった。


黒ギルドを捨て、親を捨てて自由に生きれば輝かしい前途があったはずの彼らが、

なぜ黒ギルドを継がざるを得なかったのか…。

改めて訊くまでもなく、想像がついた。

抗争だ。

六年前の抗争が、彼らの人生観を変えてしまったのだ。

平和で明るい世界の薄皮一枚下に蠢く、血に塗れた汚濁に気付いてしまったからだ。

自分がそこから生まれ、それに育まれて今まで生きて来たのだと…。


にゃあ、とヴィクターさんの膝の上でリュウが小さく鳴いた。

そして慰めるように、ヴィクターさんの手の甲につややかな黒い毛に覆われた小さな頭をすり寄せた。

影の落ちていたヴィクターさんの表情が、少しずつ和らぐ。


「もうオスでもなんでもいいや、やっぱ俺んちに嫁に来いよ!」


ぎゅうと抱きしめられて、リュウは迷惑そうにジタバタと身をよじった。

屈託なく笑うヴィクターさんは、やはり年相応の若者にしか見えなかった。


***

「悪いな、長居しちまって」

「いえ」

「…また来てもいいかい?」

「もちろん」


そう応えると走竜に跨ったヴィクターさんは微笑み「じゃあ」と風のように去って行った。

その後姿が視界から消えるまで、俺とリュウは店先で見送った。

夕焼けに染まる細い背中。そこにのしかかる重荷を思わずにいられなかった。

彼は、どのような道を選ぶのだろうか。

何もかもを棄てて血路を拓くのか、それとも…。


ジュナイが会社から帰るまで、俺はカウンターの椅子に座りぼんやりと過ごした。

遺物横丁は夕飯の買い物客で賑わっているが、古魔道具屋には関係ない。

今日ばかりは、それが有り難かった。


ラファエルさんと話がしたい。

強くそう思った。


冬の街で握手を交わして以来、ラファエルさんとは一度も会っていない。

その後の彼がどこでどんな人生を歩んでいるか、知ろうとした事もない。

今日の今日まで、そんな気になった事は一度もなかったと言うのに。

きっかけとなったのはやはり、どうしようもない宿命に縛られた、

ヴィクターさんの眼だろう。


『殺してほしいのだよ…父を』


喫茶店で、そう切り出したラファエルさんの眼に宿る暗く激しい熱と、

ティーカップを掴む白く細い指が脳裏に浮ぶ。


思えば、それは予感だったのかも知れない。

                     



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