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【BL】古魔道具屋の女房と猫  作者: 丁銀 導


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044<番外編②・上>シナノワ駅発魔石機関車【カイロス・ハルバード】




『セリオン』が表に出なくなって数ヶ月が過ぎた。


俺が何度呼び掛けても、あいつは心の奥底に閉じ篭って返事もしない。

…軟弱だとあきれるが、同時に仕方がない事だとも思う。

セリオンは『魔法学校の級友』とかいう奴らに乱暴されかけた。

俺がいたから、なんとか未遂で終ったのだ。


奴らは以前からセリオンに『飲み会の参加費』と称して金をせびっていたクズ共だが、

セリオンが簡単な脅しには屈しなくなると見るや、そんな卑劣な手段に訴えて来た。

勿論、黙っている俺ではない。

一人残らず死んだ方がましだという目に遭わせてやった。

殺さないよう手加減はしてやった、という意味だ。

…しかし、それでも俺はやり過ぎてしまったようだ。

クズ共の家族がセリオンを訴えた。

幸いセリオンの実家は金持ちで、その訴えを事件ごと金でもみ消したが…

この件を最後に、両親はセリオンを完全に見放した。

魔法学校は退学させられ、一人暮らしをしていた下宿を引き払われ、

セリオンは高原地方の療養施設に送られる事になった。


精神科の担当医であるポオという男に付き添われ、

セリオンは一度、その療養施設に見学に訪れた。

俺も抜かりなくその施設とやらを観察したが、山深いそこはとても静かで、

周囲の奴らも魔法学校やシナノワの連中とは違い、粗野でも冷淡でもなかった。

中でも『ロビン』という奴は特に親切で、セリオンとも話が合っているようだった。

同じ入所者同士、仲良くやっていけるだろう。

セリオンもそこを気に入ったようだったが、瞳には終始、深い憂色が滲んでいた。


ポオは診療の都合で一足先にシナノワに帰り、セリオンは一人高原地方駅で魔石機関車を待った。

折りしもその時は連休の真っ只中で、ホームには小さな子供を連れた家族連れと、

その見送りをする年寄りでごった返していた。

セリオンは雑踏の中で一人ぽつんと佇んで、別れを惜しむ家族達の姿を眺めていた。

年に数回しか会えない子や孫との別れを惜しむあまり、安全柵を隔てた

魔石機関車の車窓に追い縋るようにして手を振る年寄りの姿を、そこかしこで見た。

『…いいなぁ』

セリオンは胸の中で、そう小さく呟いた。

そして俺は有無を言わさぬ力で『表』に引っ張り出された。

…それっきり、セリオンは何も応えてくれない。

一ヶ月ほど日々の雑事をこなしつつも説得を続けたが、

セリオンは今日まで、ただの一度も俺の呼びかけには応えてくれなかった。

正直、俺は胡散臭いと警戒している担当医のポオにも相談したが、

大した役には立たなかった。…ただ

『セリオンくんが心を開いている人に、会ってみてはいかがでしょう?』

その一言は光明だった。

そうして俺は、この遺物横丁に足を向けたという訳だ。

セリオンが足しげく通っていた古魔道具屋は、変わらずそこにあった。

ガラクタともゴミともつかない古びた家財が雑然を積み重ねられた薄暗い店内は、

それでもきちんと清掃が行き届いているのか、埃や黴の不快な臭いはせず

どこか懐かしい香りがした。

「…セリオンくん?」

店の奥から聞き覚えのある声が響く。

見ると、店主のエイデンが作業服姿で店の奥から出てくるところだった。

「久しぶりだが、大丈夫か?…少し痩せたようだが」

俺とセリオンの知るエイデンは、そこまで目敏い男ではないのだが、

奴にそう言わせるという事は、外見が随分と変わっているのかも知れない。

セリオン、お前の好きなエイデンだぞ。

会いたくないのか?話したい事があるんじゃないのか?

何度も呼び掛けたが、セリオンは何も答えない。

ただ胸の奥底がざわざわと騒いでいるので、何も思っていないでは無いらしい。

黙り込む俺に、エイデンは怪訝な顔をするでもなく、ただ心配そうにこちらの様子を伺っていた。


俺が直接エイデンと話した事はない。

しかしセリオンを通して見るエイデンは、厳つい見た目とは裏腹に

穏やかで知的な男だった。今はこいつを信じる他にない。

…すべてはセリオンの為だ。その為なら俺は何だってする。

意を決して、俺はエイデンに話し掛けた。

「エイデン…さん」

「何かな?」

エイデンは、やはり優しく答えた。

「あんたには、俺が誰に見える?」

そう訊くと、エイデンは少し驚いた顔をした後

「セリオン・ハルバードくんに見えるが…少し雰囲気が変わったかな?」と答えた。

…『少し』?セリオンの両親は俺を見るたび、悪魔だ鬼だと言ったものだがな。

俺が生まれる原因を作ったのは自分達の癖に、よく言うぜ。

…セリオンは幼い頃から、肉親に虐待されていた。

だがその事実を知るのは加害者と俺だけでいい。

セリオンが忌まわしい記憶を背負い、苦しむ必要などないんだ。

「…聞いて欲しい話がある。そして、出来ることなら、力を貸して欲しい…

あんたの知る『セリオン』のために」

俺がそう言うと、エイデンは真剣な顔をして少し黙った後、ゆっくり頷いた。


…全ての子細を話し終えると、結構な時間が過ぎていた。

こんなに長時間誰かと話したのは初めてだから、正直上手く話せずイライラした。

「分かった。引き受けよう」

エイデンは俺の話を辛抱強く聞き続け、そう言った。その穏やかな声に、俺は心底ほっとした。

「…ありがとう、きっとセリオンも喜ぶ」

俺が頭を下げると、エイデンはやはり優しく言った。

「君もセリオンくんだろう?」

大きくて暖かな掌が頭に触れた。

子供扱いするなと言いたいところだが、何故か抗えなかった。

不意に足元に生暖かくフサフサした物体が擦り寄って来て驚いたが、この店の黒猫だった。

猫好きなセリオンは、いつもこの猫を撫でていた。長いつやつやした毛並みの黒猫は、

賢そうな青い眼で俺を見上げて「にゃあ」と鳴き、甘えて来た。

セリオンが下宿の庭で餌付けしていた猫達は、俺を見ると近寄っては来たが、

『セリオンではない』と察するや逃げてしまい、二度と近寄らなかった。

…この黒猫はその猫達よりも馬鹿なのか、度胸があるのか…どちらだろう。

ぎこちなく黒猫の毛並みを撫でていると、なんとなく眼の奥が熱くなるような

不快な感覚に襲われ、俺は帰る事にした。

下宿はもう無いので、今はポオの家に部屋を借りている。

それも明日までの話だが…。

去り際、エイデンは一枚の名刺を差し出した。

「高原地方での生活が落ち着いたら、手紙をくれないか」

名刺にはエイデンの名前と共に、この店の住所と魔導フォン番号が印刷されている。

「分かった。セリオンに伝えておく」

多重人格などという突飛な話でも、エイデンは馬鹿にせず真剣に聞いてくれた。

セリオンの両親や周囲の連中に、エイデンの優しさと思慮深さの半分でも備わっていれば、

セリオンはこんなふうにならずに済んだのにな…。

そんな事を思っていると、エイデンはまた俺の頭を撫でた。

ジロリと睨むと、エイデンは苦笑した。

「君からの手紙も待っているが、いいか?」

一瞬、何を言われたのか分からずポカンとしていると、

エイデンは続けて言った。

「君の名前は?」

その穏やかな声に、視界がやけにぼやけた。

「…カイロス。カイロス・ハルバード…」

良い名だ。

エイデンはそうしみじみと呟いた。


俺が何者なのかは、自分がよく知っている。

セリオン・ハルバードが虐待の記憶と痛みから逃れ、

己を守るために生んだ別人格…

それが俺、カイロス・ハルバードだ。

セリオンの不幸なしには生まれる事のなかった存在…。

誰もが俺という疫病神を消そうと躍起になった。

一人の人間だと認めてくれた事など無かった。医者のポオと、このエイデン以外は。

ありがとう。

そう言いたくても声にはならず、無様な泣き顔を見られたくなくて、

俺はそのまま古魔道具屋を出た。

粗暴はともかく礼儀知らずだと思われるのは少し心外だが…これも仕方がない。

後は『セリオン』にどうにかして貰う。今度はあいつが根性見せる番だ。


…せいぜい、見物させて貰うからな。




【続】


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