034 決戦③【ジュナイ】
「…また、対戦してもらえますか」
「いや、もうこれっきりだと願いたいよ」
さっきまでの修羅場はどこへやら、
目の前に広がるほのぼのした光景に頭がついて行かず
ボーッとしてると、足元にリュウがじゃれついてきた。
抱き上げるといつものように柔らかく、ふさふさと温かい。
でもよく見ると埃っぽく汚れていた。
…俺に負けず劣らず、こいつにも今日一日で色々とあったらしい。
時間に直せばたった一日足らずでも、なんだかもう何年も生きたような気がする。
リュウの毛皮に埋めていた顔を上げると、エイデンさんがすぐ傍にいた。
「…帰ろう、ジュナイ」
大きくて分厚い掌が差し出される。
さっきまでこの掌が刀を握っていた。
そしておそらく、今まで何人もの人間を斬っている。
それが器用に不用品を修理して、リュウの毛並みにブラシをかけて、
俺に優しくふれてくれる掌と、同じなのか…。
そう思うと不思議で、武骨な掌をまじまじと見ていると
エイデンさんはぽつりと呟くように言った。
「…俺がお前の素性を聞かなかったのは…」
リュウがするりと俺の腕の中から出て行った。
「俺自身の素性を、話せなかったからだ」
エイデンさんはそう言いながら、自分の掌を見ていた。
琥珀色の目には、何が見えているんだろう。
けれどそれは、聞かなくとも分かる気がした。
「…聞いてくれないか」
どこか緊張を孕んだ表情で、エイデンさんは俺を見た。
「そして、お前のことも聞かせて欲しい」
この人は言葉の少ない人だけど、それでも何度も俺に思いを伝えてくれた。
ならば今度は俺の番だ。それも眠っている時にではなく、今この場で。
俺は迷わずその手を取った。
「…いいよ。だから、早く帰ろう」
口に出すと、なんだか感極まって涙が出そうになった。
それを隠されるように、エイデンさんの腕の中に抱きしめられる。
その時になってようやく、なんだか色々と終わったんだな…と実感した。
「家に帰りたい」
心の奥底に張った氷が溶け流れてゆくように、
溢れる涙を止めるすべを持たないまま、俺はそう言った。
「そうだな…帰ろう」
エイデンさんはただ優しく、そう言ってくれた。
足元から、にゃあとリュウの鳴き声がした。
…と、ここまでなら美しい終わり方なのに、
ヴィクター・ドミニオからガキみたいなひやかしを飛ばされて台無しになった。
こいつら…。
***
帰りはエイデンさんの荷馬車に乗った。
すっかり陽が傾いている。
馬車路は混んでもいないし、すいてもいない。
俺とエイデンさんは黙って魔石から流れる天気予報を聞いていた。
話したいことは山ほどあったが、何から話せばいいか分からなかったからだ。
それでもふと、ひとつの疑問を思い出したので、聞いてみた。
「…そういや」
「ん?」
「なんで俺があそこに居るって分かったんだ?」
「これを見たからな…」
そう言ってエイデンさんは、上着のポケットから紙切れを取出し、俺に寄越した。
見るとそこには、古めかしい活字の短い文が打たれている。
おそらく店の売り物のタイプライターで打ったものなんだろう。
『じゅない ころされる えいでんさん たすけて』
その下には、さっきの屋敷の場所らしき地名が打たれていた。
「…誰がこれを?」
エイデンさんは運転する手はそのままに、俺の膝の上を見た。
そこではリュウが、ぷうぷうとのどかな寝息を立てて眠り込んでいる。
「は?そんな訳ないだろ…」
「いや、間違いない」
そう言われてさっきの騒動の一幕を思い出す。
あれを偶然だという方が不自然だ。
リュウは間違いなくすべての状況を分かっていた。
ありえない話でも、そうとしか思えない。
「まず俺の魔導フォンに電話があった。店からだ」
「……」
「出ると、延々とリュウの鳴き声がした。とにかく必死で、ただ事ではないという
事だけは分かった。だから仕事を中止して帰った」
「で、店に帰ると…」
「ああ。リュウがこの紙をくわえて待っていたんだ」
「…ほんとに?」
「ああ」
「…ふ~ん…」
夢か現か分からない話だが、リュウが人間並みに賢い猫だと分かった今なら納得だ。
居場所を掴まれたのも、こっそり後を尾けられていたと考えれば辻褄は合う。
俺はのん気に眠るリュウを抱き上げ、ふさふさした暖かい毛並みに顔を埋めた。
太陽の下で干した布団のような、どこか懐かしい匂いがする。
「疲れただろう。少し眠ればいい」
「…ありがと」
リュウの毛並みに顔を埋めたまま、俺はの意識はうとうとと浅い眠りに入った。
ずっと昔、入院する前の健康だったころの『リュウ』…弟と、
干した布団の上で昼寝をした時のことを、久しぶりに思い出した。
幼い『リュウ』もやっぱり、
ぷうぷうと幸せそうな寝息を立てて眠っていた。




