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002 古魔道具屋レリックハートの猫【リュウ】

 

 ジュナイと僕が、古魔道具屋のエイデンさんという人の

 お宅に住み着いて、はや半年が経つ。

 ここの暮らしは中々快適だと思う。

 エイデンさんは優しいし、古魔道具も趣きがあっていい。

 お客さんも、僕を綺麗だお利口だとちやほやしてくれる。

 ただ、何の不満もないという訳でもない。

 ここに来てからというもの、

 ジュナイはエイデンさんにべったりで、僕とあまり遊んでくれない。

 ちょっと寂しいなぁとは思うが、ジュナイも僕も大人だもの。

 我慢できないほどではない。

 それに、実はジュナイと僕はそう長い付き合いではないのだ。


 エイデンさんのお店を訪ねるほんの一時間ほど前、

 僕らは近所の公園で出会った。


 僕は泥だらけの毛糸玉のような風体で、道端でへばっていた。

 昔からのろまで餌取りが下手だから、いつも腹ペコだった。

 死ぬのかなぁ…ぼんやり思っていると、そこにジュナイが通りがかった。

 ジュナイは泥が付くのも気にせず僕を抱き上げると、しげしげとこちらを見て

「お前…きれいに洗えば、かなりの別嬪(べっぴん)なんじゃないのか?」

 そう言って笑った。


 ジュナイは僕にパンと牛乳を買って来てくれた。

 僕は人間の言葉くらい解するが、頭蓋骨の構造上話すことはできない。

 人間の社会の仕組みもあらかた知っている。

 だからジュナイが、なけなしのお金をはたいて

 食事を買ってくれたらしい事も理解したし、

(彼は独り言が多いのだ)

 彼が本当に優しい人間なのだという事も分かった。

 これぞ天佑。こんなに良い人間から離れる手はない。

 ジュナイは僕を置いて去ろうとしたが、

 腹拵えして元気になった僕は、無理矢理着いて行った。

 苦笑いすると、ジュナイは再び僕を抱き上げて

「分かった分かった。お前にゃ負けたよ」と言った。


「俺はジュナイだ。お前は?」


 僕はここで、はじめて彼の名前を知った。僕の名前は『リュウ』だが発音できず、

 ただにゃあと鳴いた。ジュナイは「猫語はわからねぇな」と至極もっともな事を言った。


「じゃあ今日から、お前の名前は『リュウ』だ」


 一瞬言葉が通じたのかと思ったが、そうではないらしい。

 ジュナイの赤みがかった茶色の優しい目は、どこか悲しげだった。

『リュウ』…この名前はジュナイにとって、何か悲しくつらい…だが、

 それだけではないことを思い出させる、大事な誰かのものなのだろう。

 偶然と言えばそれまでだが、運命的だ。

 こうして僕はジュナイと、出会うべくして出会ったのだと確信した。

 ジュナイは僕の思惑など知らず、歩き出した。


 公園を出て舗道を歩くと、ぐるりとした階段の巻きつく水色の歩道橋が見えた。

 ジュナイは黙って階段を上る。

 …その歩みに行く宛てがあるのかは、僕は知らない。

 けれど僕にジュナイという運命があったように、ジュナイにも運命となる誰かが

 その歩みの先で待っている筈だ。だから、不安はなかった。


 歩道橋の上からは荷馬車の流れと、賑やかな商店街の店々が見下ろせた。

 八百屋や魚屋などの中に「古魔道具レリックハート」の看板を掲げた店が見える。

「古魔道具ねぇ…珍しいな」

 ジュナイも興味を惹かれたらしい。やっぱり、僕らは気が合うなと思った。

 …こうして僕とジュナイは、エイデンさんと出会うに至ったという訳だ。


 エイデンさんのお家に住み着いて暫らく、

 ジュナイはいきなりどこかにふらりと消えて、

 何日も戻らなかったりした事が何回もあったけれど、最近はそれもなくなった。

 エイデンさんと荷馬車で方々を回って古魔道具を集めたり、なんだか楽しそうだ。

 前述のとおり、あまり僕に構ってくれなくなったのは寂しいけど、

 エイデンさんと一緒にいるジュナイが幸せそうだから、これでいいんだと思う。


 ……けれどやっぱり面白くないから、

 時々二人きりで甘い時間を過ごすエイデンさんとジュナイを邪魔したりする。

 僕は猫だけど、君たち人間よりずっと賢いし、ヤキモチだって妬くんだよ。

 伝える術がないのが、まったく残念さ。

 万年筆でも握れたらいいのに。

 そしたら、ジュナイとエイデンさんのことを小説にでもするのにね。

 題名は『古魔道具屋レリックハートの女房と猫』なんてどうだろう。


 書籍化間違いなしだと思うのだけれど。


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