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【BL】古魔道具屋の女房と猫  作者: 丁銀 導


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014 優しい人【ジュナイ】

 


「なんでぇ、男か」


 エイデンさんの店で働くようになって、まだ数日くらいの頃のことだ。

 何がそんなに物珍しいのか、遺物横丁の連中が

 入れ替わり立ち代りやって来ては、俺の顔を見て帰って行く時期があった。


「ウチのやつが『美人』とか言うからてっきり」

「まぁあの堅いエイデンさんが、女の子を引っ張り込む訳はねぇと思ったよ」


 暇な奴らだ。

 しかし、エイデンさんが女を連れ込む事が、そんなに事件なのかね…。

 まぁ俺も暇なんで、来た奴らを適当に捕まえて色々聞き出す事にした。

 エイデンさんについて俺はまだ何も知らなかった。

 半年経った今でも、何かを知っているという自信はないけど…。


「エイデンさんはいい人なんだけど、真面目だからねぇ…

 女の方が焦れて出てっちゃうんだよ」

 …あ~なんか分かる。

「見合い話を持って行っても、やんわり断られちまうし」

「惚れてる相手がいるのかもなぁ」


 ああいう生真面目そうな奴に限って人妻とデキてたりするし、有り得るかもしれない。

 そして以前、店員を雇っていた事は一応あるらしい。


「短い間だけど、いたねぇ」

「なんか、すぐ辞めちまったよな」


 そいつについては、近所の連中がろくに顔も覚えない内に辞めたらしい。

 こんな儲けの薄そうな仕事で、短期間でも人を雇う余裕があった事が意外だ。

 他の奴らが帰ったあと、端向かいの薬草屋の奥さんがコソコソ近寄って来た。


「ここだけの話だけどね」

「はぁ」

「もう結構前だけど…そのすぐ辞めた人にね、お金、持ち逃げされちゃったのよ…エイデンさん」

 聞くと、そいつはエイデンさんの元同級生とかで、借金を抱えて住む家をなくし、

 数日だけこの店に厄介になっていたらしい。

「あたしも旦那も警察に届けなよ!って怒って言ったんだけど

『いいんです』って穏やか~に言うだけでね…。

『大した額ではないし、きっと困っていたんだと思います』って言って、それっきりよ」


 …お人好しにも程があるな。


「ジュナイさんだっけ?あんたは、エイデンさんに酷いことしないでね」


 それだけ釘を刺すと、薬草屋の奥さんはさっさと帰って行った。

 …こうして噂ってのは広まるんだな。

 とりあえず聞いた話や話す様子を総合すると、この遺物横丁の奴らは

 一様にエイデンさんの事が好きらしい。そうなると唯一の従業員である俺に嘘を吹き込んで

 得する事はなさそうだし、今聞いた話はたぶん本当なんだろう。

 この世知辛い世の中で、今まで生き延びて来たのが不思議なレベルの善人…

 というかお人好しだと言う他ない。


 …だが、ただそれだけの男だとは思えない。


 法に触れる仕事をしていた頃は色々な人間に会ったが、

 本当に強くて恐ろしい奴ほど、普段は穏やかで優しかった事を思い出すせいだろう。

 エイデンさんも、どことなくそういう人種の匂いがする。

 まぁまだ付き合い浅いし、なんとも言えないけどな。


 なんて事を考えていたら、店の奥からリュウが出て来た。

 風呂で洗って貰ったらしく、黒い毛並みがつやつやと光っている。

 それに続いて作業着姿のエイデンさんが、のそっと現れた。

 風呂嫌いのリュウが散々暴れたせいで傷だらけになってるが、特に何も言わずに

 タオルでリュウを包み、濡れた毛並みを拭いてやっている。

 …まぁとりあえず、もの凄く我慢強い人だってのは確かだな。


 **

 さらに一週間も経つと、物珍しそうに見に来る奴らもいなくなった。

 それに加えて古魔道具屋の店員の仕事というのは、

 『仕事』と呼んでいいのか分からないほど楽なんで、少し気が抜けたらしい。

 急に熱が出た。

 とにかく高熱が出て起き上がるのも億劫だった。ヤバいな…。

 とりあえず状況を説明すると、エイデンさんは「病院に行った方がいい」と言ったが、

 それは面倒なんで断った。どうせ寝てれば治るんだし、金がもったいない。

 リュウの治療費を稼いでいる間も、無茶な働き方をして何回か似たような目に遭ったから分かる。

 リュウの担当医だったモーリ先生からもよく叱られたが、幸い俺は頑丈だし、全然平気だ。

 店主から休みの許可が下りたのをいい事にひたすら寝込んでいたが、昼過ぎあたり

 急にエイデンさんに起こされた。


「着替えろ。病院に行こう」

 …心底かったるい。

 行きたくないと答えると、エイデンさんは険しい顔でじっと俺を見て


「…馬車を出す。病院に行くんだ」

 

 低い声でそう言った。

 …エイデンさんの有無を言わさない迫力に負けて、仕方なく俺は服を着替えた。

 この人、本当は絶対堅気じゃないだろ…。


 後はエイデンさんの荷馬車の荷台に毛布でぐるぐる巻にされて載せられ、

 近くの市民病院に連れて行かれた。

 結構な時間待たされたらしいが、俺はほとんど寝てたし、熱もあったから記憶にない。

 色々な手続きとかはエイデンさんがしたらしい。

 待合室で待っている間、たまに目を覚ますと、自分がエイデンさんの肩にもたれて

 眠っている事に気付いたが、エイデンさんはじっと黙って本を読んでるし、怠かったから

 そのままでいた。妙に安心していた事だけは、ぼんやり憶えている。


 ようやく診察を受けると、医者は「疲れが出たんでしょうね」と言った。

 特に薬は出ず、診察代だけ取られた。払ったのはエイデンさんだが。


「だから病院なんか行かなくてよかったのに。金と時間の無駄だったろ…」

 帰りの馬車で、熱でぼーっとしながら、そんな事を言った。


 今思うとひどい言い草だが、エイデンさんは特に不機嫌になった様子もなく

「何事もなくて良かった」とだけ静かに言った。

 …なんで怒らずにいられるんだか、俺には分からない。


 店に戻ると二階に借りてる部屋で、またひたすら寝た。

 熱を出すと、よく嫌な夢を見る。

 そのせいで何度か目を覚ますと、必ずエイデンさんが傍に居た。

 …なんか寝言を言ってたような気がしたので、そう聞いてみると

「いや、何も」という短い返事が返ってきた。

 額にのせられたタオルの、ひんやり濡れた感触が心地いい。

 俺はそこからまた寝たらしい。記憶が途切れている。


 熱は結局、翌朝にはすっかり引いた。

 起きようとしたが、エイデンさんに「ぶり返されたら困る」と止められて、

 その日は結局布団の中でダラダラと本を読んで過ごした。

 エイデンさんは意外と読書家らしく、大きな本棚に結構いい本をたくさん揃えていた。

 どれも古本で、つましい稼ぎと古物のマーケットに出入りできる職業の特権を

 フルに使って買い集めたものだと察しがついた。

 中には昔ちょっとした縁のあった『ラルフ・ロックハンド先生』の本もあったので、

 それも久々に少し読んだ。


「…リュウ、重い」


 にゃあ、とリュウが甘えた声で鳴いた。

 何度引き剥がしても、背中にのしのしと乗っかって来る。

 こいつも俺と同じように、すっかりこの家に居ついてるな…。

 エイデンさんは通常通り、一人で働いている。まぁ元々一人でやってた仕事だしな。

 むしろ俺とリュウがいるばっかりに、余計な仕事が増えてるんじゃないのか。

 一体、何を思って氏素性の知れん奴を雇う気になったのか…。

 本当に、変な人だ。


 夕飯を食ってる時、ふと疑問に思った事を聞いてみた。

 何故俺に病院に行けと、あんなに強く言ったのか。

 エイデンさんは少し躊躇った後

 「ひどく魘されていたからな…」と言った。

 ああ、と納得した。

 あの時見ていた夢なら憶えている。

 …リュウが。弟が出て来る夢だった。


『ジュナイ、お願いがあるんだ』

 真っ白な病室で、リュウは言った。


『僕が寝ている間に…そっと、首を絞めてくれないか』


「…魘されながら、俺は何か言ってた?」


 そう聞くと、エイデンさんはやっぱり「何も」と答えた。

 たぶん、そんな筈は無いだろうに…。

 気を遣ってくれているんだろう。

 遺物横丁の連中が言うように、この人は本当に優しい人なんだなと思った。


「ありがとう」


 俺がそう言うと、エイデンさんは少し黙った後、

「…いいんだ」と言った。


 

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