離れた同志
秋の始まりのような風が、町の路地に涼やかに吹き抜けていた。
幾日ぶりかで香月屋の戸口に立った柑乃は、旅装のまま、ほっと息をついた。
顔や手には、山道を越えてきた者だけが持つ土埃の色が宿っている。
篤志は、その姿を見た瞬間、安堵と心配がないまぜになった表情で駆け寄った。
「無事で……本当によかった」
柑乃はすぐに、被災した山間部の村の様子を語り始めた。
豪雨で道は寸断され、畑も家も土砂に飲まれ、村人たちは最低限の食糧で暮らしている。
薬草は流され、採取どころではない――。
その深刻な現状を、柑乃は淡々と、しかし悔しさをにじませて伝えた。
「だから、新しい仕入れ先を探します。時間がありません」
そう言って、彼女は荷を下ろす間もなく、帳場に向かおうとする。
篤志はそっと肩に手を置いた。
「……休め。君の体がもたなければ、誰も救えない」
その夜、篤志は香り高い生薬を用い、体を温める滋養強壮の煎じ薬を作った。
湯気が立ちのぼり、ほのかな甘みと薬草の香りが部屋を包む。
柑乃が湯呑を手に取ると、温かさが指先から胸の奥まで染みていった。
「無理はしないでくれ。君が倒れてしまったら、元も子もない」
篤志の声は、柔らかくも真剣だった。
柑乃は、ふっと微笑む。
「……ありがとう。もう少しだけ、頑張れそうです」
災害を前にしても互いを思いやる時間が、二人の絆を静かに、しかし確かに深めていった。
数日後、町に新しい噂が広まった。
――遠山壮馬、日本橋に「製薬所」を設立。
透馬から聞いていた通り、壮馬は効率的に薬を製造し、一回分ずつ小分けにした薬を安価で販売し始めたという。
その薬は手に取りやすく、多くの町人たちが求めに行き、たちまち評判となった。
柑乃は、その話を聞きながら、複雑な表情を見せた。
「壮馬先生の薬で、救われる人がきっとたくさんいるでしょうね」
篤志も同じ思いだった。
彼が選んだ道は、多くの命をつなぐ力になる――それは否定できない。
しかし、篤志は、診療所の縁側で薬を待つ老人や、診察の合間に世間話をして笑う母子の姿を思い浮かべた。
「……俺は、やっぱり顔を見て、声を聞いて、その人に合わせた薬を渡したい」
柑乃は頷く。
「私も、手を動かして作る薬の一つ一つに、その人への想いを込めたい。きっと、それが私のやり方です」
こうして二人は悟った。
壮馬の進む「製薬」の道も、自分たちが歩む「対面医療」の道も、どちらも人々を救う大切な道なのだと。
それぞれの場所で、方法は違えど、目指すものは同じ――。
秋風が戸口を抜け、薬棚の薬草をそよがせた。
その音は、まるで遠く離れた同志たちの心が、静かに呼応しているようだった。




