新生活
夏の陽射しに変わる頃、篤志と柑乃は、新たな生活の一歩を踏み出していた。
斎藤家のすぐ隣にある、小さくても温かなその家は、二人の未来の拠り所となる場所だった。
柑乃は慣れない手つきで、自分の調合場から持ってきた薬草を新しい棚に並べていく。
香り高い薬草の緑と、春の光が、彼女の周りに優しい空気を作り出していた。
「柑乃さん、無理はしないでください。家事も診療所の仕事も、焦らず少しずつでいいんです」
篤志が、そっと背中越しに優しい言葉をかける。
柑乃は振り返り、照れくさそうに微笑んだ。
(先生と、家族になったんだ……)
新しい環境に戸惑いながらも、胸の内は温かな幸せで満たされていた。
篤志の仕事中、斎藤診療所では、母・文江が新生活を気にかけていた。
「篤志、柑乃さんは大丈夫かい? 慣れないことばかりで大変だろう」
「ええ、ですが彼女は持ち前の明るさで、毎日を懸命に過ごしています」
篤志は嬉しそうに答えた。
文江は何度か柑乃の家を訪れては、家事の手伝いや篤志の好物のコツを伝えたりしている。
「柑乃さん、篤志は少し苦味のあるものが好きでね。薬草茶もそうだろうけど、煮物には生姜を少し多めに入れると喜ぶよ」
文江の優しい気遣いに、柑乃は少しずつ「斎藤家の嫁」としての役割を学び始めていた。
柑乃の存在は、篤志の生活にも大きな変化をもたらした。
これまで黙々と患者の診療に当たっていた彼が、患者との会話を意識的に増やし、自然と笑顔が増えていたのだ。
ある日、近所の子供たちが薬草畑で遊んでいるのを見かけた篤志は、そっと声をかけた。
「この可愛い花は薬草でね、香りを嗅ぐと心が落ち着くんだ」
子供たちは興味津々で、彼の話に耳を傾けている。
その様子を、遠くから微笑みながら見つめる柑乃。
(先生、変わった……)
穏やかで優しい医師へと変わっていく彼の姿を見て、自分たちの新しい生活が確かな形を取り始めていることを実感していた。
爽やかな日差しの中、二人はゆっくりと、確かに歩みを進めていく。




