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施薬講

秋の澄んだ空気が町を包み込むなか、神田の広場では「施薬講」が開かれていた。

疫病からの復興を願い、町医者、蘭学医、薬師たちが一堂に会する、医療の未来を語り合う大切な場だ。

篤志もまた、今回の疫病で得た経験を多くの人々に伝えようと意気込んでいた。


会場へ足を踏み入れた瞬間、篤志の視線は一組の男女に引き寄せられた。

そこには清原透馬と早苗が、穏やかに言葉を交わしながら、会場の奥へ歩いていく姿があった。


早苗の顔には、これまで見たことのない、安堵に満ちた優しい笑顔が浮かんでいた。

(……透馬と早苗は、こういう関係になったのか)


篤志の胸に、ふわりと温かなものが広がった。

自分が想いを寄せていた早苗が、幸せそうに笑っている。

彼は心の奥で静かに呟いた。

「早苗、どうか幸せでいてほしい」


施薬講が始まると、壇上に遠山壮馬が立った。

彼は、今回の疫病を踏まえ、これからの医療のあり方について熱く語り始める。


「皆さま。今回の疫病は、個々の医師や薬師の技術だけでは限界があることを教えてくれました。

これからの時代は、より多くの人々を救うために、効率的で安定した『製薬』の発展が不可欠です」


壮馬の言葉は理路整然としており、聴衆の心をつかんでいく。

彼の提案する近代的な製薬産業の可能性は、多くの人に希望をもたらした。


しかし、篤志の胸には焦りが芽生えていた。

「俺のやり方は、この大きな流れに抗えないのかもしれない……」


蘭学の理論とこれまでの診療の経験、手作業で患者のために調合する自分。

それらが、効率性を求める壮馬の理念に押しつぶされそうになった。

どう伝えればいいのか、言葉がうまく出てこない自分に苛立ちを覚えた。


そんな時、壇上の壮馬を見つめる柑乃の姿が目に入った。

彼女は静かに篤志を見つめ、その視線はまるで言葉にならない励ましのようだった。


その瞬間、篤志ははっとした。

医療とは理屈だけで成り立つものではない。

患者の心に寄り添い、その苦しみを理解することが何よりも大切だということを、柑乃はいつも示してくれていた。


壮馬の近代的なビジョンも確かに必要だ。

だが、人の命は数字だけでは測れない。

効率化の中に忘れられてしまう「心」の部分を、どうやって守り続けられるかが、これからの課題なのだ。


柑乃の静かな励ましに背中を押され、篤志は再び自分の言葉を探し始めた。


施薬講が終わった後、篤志は柑乃のそばに歩み寄った。

「柑乃さん、ありがとう。君がいてくれて、本当に救われている」


柑乃は微笑みながら答えた。

「先生、私たちは壮馬さんとは違うけれど、一緒に患者さんのために最善を尽くせる。だから、どんな時も諦めないでほしい」


二人の視線が交わると、胸の奥に柔らかな温かさが広がった。


この日、篤志は改めて決意した。

伝統と革新、理論と心を繋ぎ合わせ、新しい時代の医療を切り開いていくのだと。


それは、決して一人では成し遂げられない道。

柑乃、透馬、そして多くの仲間と共に歩む、新たな一歩の始まりだった。

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