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理屈と現場

根津の疫病現場は、依然として混乱の渦中にあった。赤い熱病の猛威は衰えを見せず、多くの患者が次々と運び込まれている。早苗も手伝いにやってきていた。


そんな中、蘭学の知識と医療道具を携え、清原透馬が診療所に駆けつけた。


「篤志!無事だったか」

透馬の顔には安堵の色が浮かんでいた。


「透馬……」

篤志もまた、心強さを感じた。


「この赤い熱病について、蘭学の書物でできる限り調べてきた。感染力が非常に強く、特に子供が罹ると危険だ。だが、感染経路を突き止められれば、拡大を食い止められるかもしれない」


透馬は落ち着いた声で言い、患者の症状や町での感染の広がり方について冷静に分析を始めた。彼の理論的な思考は、これまでの蘭学の知識の集大成であった。


一方、篤志は長年の臨床経験から、患者一人ひとりの発症経緯や町の人々の動きを丁寧に整理し、感染経路を絞り込んでいた。


「透馬。この病は、まずこの地区から広がったようだ。祭りや地域の交流があり、人の往来が活発だったあの場所で一気に拡散した可能性が高い」


篤志は、木製の大きな地図を広げ、感染が拡大したエリアを指し示す。


透馬はその緻密な観察に感嘆し、深く頷いた。


「さすがだな、篤志。俺は理論だけで考えがちだが、おまえは現場の空気を肌で感じている。だからこそ、こうした実情がわかるんだ」


二人は互いの知識と経験を認め合い、蘭学と東洋医学という異なる医学体系の壁を越え、議論を重ねた。


「熱を下げるためには、この薬草が効果的かもしれない。だが、体力を消耗させないようにするには、どう調合すべきか……」


そんな議論の輪の中に、柑乃も自然と加わっていた。薬師としての経験と感覚から、薬草の香りや使いやすさについて意見を述べる。


「この薬草は香りが良いので、患者さんの心も和らげることができると思います」


その一言に、篤志も透馬も思わず顔を見合わせた。


(そうか……薬は効能だけでなく、心にも作用するのか……)


篤志は、柑乃の言葉の深さを改めて理解し、彼女の視点の重要さに気づいた。


同時に、診療所の一角では、早苗が篤志の様子を気にかけながら、静かに彼に寄り添っていた。


(透馬先生……篤志さんと同じくらい、いや、それ以上に真剣に患者のことを考えている)


彼女は透馬の冷静さと優しさ、その聡明な姿に心を動かされていた。


篤志、透馬、柑乃、そして早苗。四人の思いがそれぞれ交差し、支え合いながら、この疫病との闘いに立ち向かっている。


医学の知識だけでなく、心を込めた治療こそが、この難局を乗り越える鍵になるのだと、彼らは確信していた。


刻一刻と変わる状況の中で、知と心が融合し、根津の町に再び平穏をもたらすための新たな物語が、ここから始まろうとしていた。

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