二人の奮闘
根津の疫病現場は、混沌とした空気に包まれていた。患者たちは次々と診療所に運び込まれ、医療従事者は疲弊しながらも必死に対応していた。そんな中、篤志と柑乃は言葉少なに、しかし確かな連携を始めていた。
篤志は、蘭学の冷静な知識を頼りに、患者の症状を一つ一つ分析していく。
「この患者は、高熱による脱水症状が進んでいる。熱を下げるだけでなく、体力の回復も急務だ」
彼は、淡々と指示を出しつつ、薬草を調合している柑乃のほうへと視線を向けた。柑乃はそれを受け止めるように静かに頷き、薬草を手に取る手を止めなかった。
柑乃は、東洋医学の智慧と、患者が感じる香りや飲みやすさにも心を配る。高熱に苦しむ体には清涼感のある生薬を選び、激しい咳には喉を和らげる生薬を丁寧に合わせていく。彼女の手元には、優しさが宿っていた。
「斎藤先生、この薬を患者さんに試してみてください。咳と熱を抑える調合です」
柑乃が差し出したのは、篤志の処方した生薬に、陳皮や麦門冬を加えた特別な薬だった。篤志は受け取り、患者に慎重に飲ませた。
その瞬間、高熱で苦しんでいた患者の表情がわずかに和らいだのを、二人は同時に感じ取った。
次に診たのは、一人の子供だった。高熱と赤い発疹でぐったりとしている。篤志は脈を測り、熱の高さに眉をひそめる。
「この熱は体力を急激に奪っている。早急な対応が必要だ」
柑乃は彼の言葉にうなずき、すぐに薬を調合し始めた。熱を冷まし、消耗を防ぐための処方である。さらに、子供が飲みやすいように、甘く香る生薬を少量加えた。
子供は薬の香りに心が落ち着いたように、ゆっくりと口を開けた。
篤志はその様子をじっと見つめる。
(……これが、柑乃が言っていた“心に届く薬”か)
自分の処方だけでは、この子を救えなかったかもしれない。二人の異なる知識と視点が、まさに互いを補い合っていた。
その場に言葉はほとんどなくても、互いの動きを理解し合い、最善の治療を目指す二人の間に、これまでにない強い一体感が生まれていた。
篤志は柑乃の手際に目を細め、柑乃もまた篤志の冷静な判断に信頼を寄せていた。
疫病の暗い影を前に、二人は無言のうちに助け合い、命をつなぐために力を尽くしていた。
刻々と変わる現場の状況の中で、篤志と柑乃の連携は、まるで一つの調和のとれた漢方薬のように効果を発揮し始めていた。