思わぬ再会
神田で猛威を振るっていた「赤い熱病」は、日に日に悪化の一途を辿っていた。感染者の数は増え続け、病状も重くなり、町の医者や薬師たちは疲弊しきっていた。噂は瞬く間に広がり、医療体制が逼迫していることを伝えていた。
そんなある日、斎藤診療所に緊急の知らせが届いた。
「篤志、根津の診療所から支援要請だ」
父・文蔵は険しい表情で告げた。
篤志は迷うことなく頷いた。
「父上、私が行きます。この病は、蘭学の知識だけでは到底解決できません。しかし、東洋医学と組み合わせることで、何かできるはずです。」
文蔵は静かに頷き、篤志の決意を受け止めた。
「行ってこい。おまえの信じる医療を存分にやってくるのだ。」
篤志は父の言葉を胸に、最小限の医療道具を背負い、根津へと旅立った。
同じ頃、香月屋では柑乃が宗助の前で真剣な表情で頭を下げていた。
「お爺様、私を根津へ行かせてください。」
宗助は孫娘の真っ直ぐな瞳を見つめ、ため息をついた。
「熱病の流行する場所だ。おまえのような若い娘には危険すぎる。薬は私が調合して送るつもりだった。」
しかし柑乃は毅然と答えた。
「違います。薬をただ送るだけでは意味がありません。現地で患者さんの顔を見て話し、その人のために薬を調合する。これこそが私の信じる薬師の道なのです。」
宗助は自分の若き日を思い返し、決心したように頷いた。
「わかった。行きなさい。ただし無理はするなよ。」
柑乃は深く頭を下げた。
根津の町は、普段の活気とはまるで違い、重く沈んだ空気に包まれていた。家々の戸は固く閉ざされ、道端にはぐったりとした患者たちが点々と横たわっている。
篤志は一人の子供の診察を終え、次の患者のもとへ急ごうとした時、ふと見慣れた後ろ姿に気づいた。
(……柑乃さん?)
互いに目を合わせることを避け続けていた二人だったが、こうして現場で再会することになるとは誰も予想していなかった。
しばし気まずい沈黙が流れた。
しかしその空気を切り裂くように、近くで苦しむ患者のうめき声が響いた。
無言で篤志と柑乃は頷き合い、それぞれの仕事に戻った。
篤志は患者を診察し、柑乃は薬を調合し始めた。
個人的な感情は一旦脇に置かれ、目の前の惨状に向き合うことが二人の共通の使命となった。
言葉はなくとも互いを認め合い、共に歩み寄るその姿は、新たな希望の兆しのようでもあった。