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医学と恋愛

祭りの翌日、斎藤診療所にはいつもの静けさが戻っていた。しかし、篤志の心はどこか浮ついており、いつも以上に落ち着きを欠いていた。患者の顔を見ても、声を聞いても、頭の中をよぎるのは昨夜の花火と、柑乃の言葉だった。


そんな中、診療所の戸が軽く開き、清原透馬が軽やかな足取りで入ってきた。彼は蘭学に熱を注ぐ若き医師であり、いつも自信に満ち溢れていた。


「やあ、篤志。今日も真面目に働いているな。」


透馬の声に篤志は顔を上げ、小さく応じた。


「透馬……。」


「祭りには行ったか?俺はたまたま早苗に会って、一緒に回ってきたんだ。やっぱり祭りの賑わいは心を和ませる。」


篤志は少し戸惑いながらも、その言葉を聞き流した。しかし透馬は、そんな彼の様子にすぐ気づいた。


「おいおい、その顔はどうしたんだ?まさか香月屋の柑乃さんと会ったのか?」


篤志は答えず、薬包を包む手を止めなかった。


「まあ、いいさ。おまえはいつも不器用だからな。医学も恋愛も、もっと柔軟に考えろよ。」


透馬はにやりと笑った。


「蘭学はすごいんだ。病の原因を解剖学や生理学の視点で理屈通りに見つけられる。漢方のように曖昧じゃない。医学が科学になったんだよ。だから俺は蘭学が好きなんだ。」


「……だが、人間は機械じゃない。心の問題は、理屈で全部説明できるわけじゃない。そこに寄り添う必要があるんだろうなと最近気づかされたんだ。」


篤志の言葉に透馬は少し顔をしかめた。


「確かに、心の働きは複雑だ。しかし、だからといって感覚や迷信に頼るのは危険だ。理屈で原因を明らかにし、対処するのが医者の務めだと思っている。」


「わかる。おまえの言うことは間違っていない。」


篤志はそう言いながらも、言葉に含まれるどこか冷たさに胸がざわついた。


「俺は最近、患者の心も治療に必要だと感じるようになった。柑乃さんと話してから、理論だけでは説明できない何かを見つけたんだ。」


透馬は、ふと考え込むように視線を遠くにやった。


「面白いな……。俺はまだ恋愛というものをよく知らない。けれど、医学と似ているかもしれないな。理屈で割り切れるものばかりじゃない。」


篤志は微かに笑みを浮かべた。


「おまえが恋愛の話をするなんて珍しいな。」


「はは、そうかもしれない。俺も年頃ってことだ。」


篤志はその言葉を聞きながら、蘭学の書物を開いてみたが、そこに書かれている文字は頭に入らず、思考は昨夜の花火や柑乃の横顔に囚われていた。


(医学も恋愛も、理屈じゃないんだな……)


篤志は初めて、自分の心の声に正面から向き合い、答えを探し始めていた。

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