エピソード8 生徒会から呼び出しをくらいました。演習が好きなんでしょうか。
放課後の特別棟。エイミに連れられて案内された部屋の前で、私は足を止めた。
「……ここって、生徒会室じゃない?」
「うん。ついに『上』からお呼びだよ。緊張するね!」
「緊張してるのはあなただけじゃ?」
「むしろ私はテンション上がってる! リヴィア×会長、観察チャンス!」
なにがチャンスだ。
ノックの音と共に、重厚な扉が開く。
中にいたのは──整った黒髪に深紅の瞳を持つ少年。
背筋の伸びた姿勢、物静かな空気。明らかに、空気が違った。
「ようこそ、生徒会へ」
低い、けれどよく通る声。
「リヴィア・ノースフェル。君を正式に、生徒会注視対象《特級》とする」
特級って。
「注視? また面倒ごと?」
「『危険すぎる逸材』──学園の均衡を崩す可能性がある存在。それが、君だ」
どこか機械のような響き。私はふっと鼻で笑った。
「なんか、すっごく失礼な言い方された気がするんだけど」
「事実だ」
「なら、会長は『私を止められる』って自信あるの?」
ピリッ、と空気が張り詰めた。
カイン・アルヴェイン。
現役最強とも噂される男は、一歩こちらに歩み寄った。
「君に『敵意』を向ける気はない。
ただ──君が本当に『味方』かどうか、確かめたいだけだ」
その言葉に、ほんの少しだけ胸の奥がざわついた。
「ふーん。じゃあ、そのために監視? まるで犯罪者扱い」
「まだ『証明』がないからな」
カインは書類を机に置いた。
そこには──私の全演習データ、行動記録、対戦成績、魔力推移まで。
「やりすぎじゃない?」
「これでも手加減したつもりだ。正体不明の強者ほど、危険なものはないからな」
「……だったら、私に聞けばよかったのに。
私は、『努力しただけ』だって」
「言葉で証明できるほど、世界は単純ではない」
言葉の奥に、何か重たいものを感じた。
「──ま、どうでもいいけど。監視でも警戒でも、好きにして」
「ならば、演習で証明してもらおう。『次の対戦』は、私だ」
エイミが「えぇ!?」と変な声をあげた。
「学年公開模擬演習《特級枠》。君と私の勝負。全学園注目の公式演習になるだろう」
「……めんど」
でも、私は少しだけ、笑ってしまった。
「そっちがその気なら。手加減しないよ?」
カインも微かに口角を上げた。
「それを望んでいる」
/
めんどくさい。
生徒会長との模擬戦が決まったとき、私の感想はそれだった。
別にやりたいわけでもないし、戦いなんていちいち見世物にしなくてもいい。
強さは、見せるためのものじゃない。自分を守るためのもの。
それだけのはずだったのに──
「演習、開始ッ!」
号令と同時に、空気が震えた。
(ああ、始まった)
目の前に立つ、生徒会長、カイン・アルヴェイン。
静かな眼差しに、無駄のない動き。
油断も隙もない──けど、熱がない。
感情が、薄い。
まるで水みたいな男だ。
冷たい、透明。でも──底が見えない。
次の瞬間、視界から彼の姿が消えた。
速い。
剣が迫る。反射的に左足を下げ、重力を偏向させる。
「っ──《重力障壁》」
バシュッ、と風を裂く音。カインの斬撃が、私の結界に弾かれた。
「初手でそれか。見事だ」
「挨拶ならもう少し丁寧にして」
手の中に魔力が集まる。詠唱は要らない。私の魔術は、身体に染み込んでる。
「《圧壊球》──!」
手のひら大の黒い球体が、音もなく宙を滑る。
だがカインは避けず、右手を振るう。
「《風陣・解》──」
風の魔術が球体を包み、軌道をそらした。爆発が後方で起きる。
観客席からどよめきが上がる。
誰かが「今の見えたか!?」って叫んでる。
はあ。騒がしい。
楽しい、とは思わなかった。
ずっと鞘に入れていた剣を抜いた。
紫の光が、刀身を淡く照らす。
「次、いくよ。手加減とか、私できないから」
「望むところだ」
また彼が動いた。
今度は魔術陣が空中に展開され、火の気配が強まる。
「《緋炎刃・双撃》──」
ふたつの炎の剣が、私を挟むように飛んできた。
斜め前へ跳ぶ。右足に魔力を集中、地面を蹴って空中へ。
間に合う。
「《重加速・単点》」
自分の重力を一瞬だけ増幅。落下速度をあえて急激に上げて、空中から地面に叩きつけるように着地──
地面が割れ、砂埃が舞った。
炎の斬撃は、すぐ頭上をかすめていった。
「ふっ──!」
斬りかかる。私の一撃を、カインは咄嗟に剣で受け止める。
金属がこすれる音。
「……なるほど。君の魔力操作、異常な精度だ」
「自覚はある」
「その精度で制御された『圧』……避けられないわけだ」
彼の目が、ほんの少し、楽しそうに見えた気がした。
私には、わからない。
「ねえ、生徒会長。どうして私と戦おうって思ったの?」
「『本物』かどうか、確かめたかった」
「本物?」
人間とか魔術に、本物とか偽物なんてないと思うけど。
「強さは、たまに『歪む』からな。暴力になったり、傲慢になったり。そのどちらでもなかった。だから確かめたかった」
「ふうん……それで、わかった?」
「わかった。『努力で辿り着いた強さ』だ。だからこそ──危うい」
一瞬、胸が詰まった。
それ、知ってる。
ずっとひとりで魔術を研究して、誰にも見向きされず、笑われて。
自分を守るために、強くなるしかなかった。
でも、危うくなんかならない。
「私は、壊れない」
「ならばいい。願わくば、その強さが誰かを守る日が来ることを」
彼は静かに剣を下ろした。
試合終了の鐘が鳴る。空気が解けた。
観客席から、ためらいがちに拍手が起きた。それはすぐに大きくなり、演習場を包む。
なんで拍手されてるんだろう。
私はただ、自分を証明しただけ。
──でも、胸の奥が少しだけ、あたたかかった。
それが何なのかは、まだわからないけど。