エピソード3 変人先生、なぜに私をライバル認定にするの?
翌朝。
食堂でパンをもそもそ食べていると、背後からずいぶん勢いのある声が響いた。
「見つけたぞ、ノースフェル!」
朝っぱらから、うるさいなぁ。
「……おはようございます。教授っていうことはわかるんだけど」
パンを咀嚼しながら振り向いたリヴィアの目の前に現れたのは、なぜに派手な白衣、無精ひげ、そして異様にギラついた目をした人間だった。
「自己紹介が遅れたな! 私はこの学園の戦闘魔術担当、マグレイン・カルナス! 生徒からは『暴走教授』とか『退学フラグ製造機』と呼ばれてるが、気にするな!」
暴走…?たいがくふらぐ製造機…?
「うん、気にしないけど……何の用?」
パンの続きを手に取ろうとした瞬間、マグレインはテーブルに片足をドンと乗せ、指を突きつける。
あ、テーブルクロスが。
「お前! 昨日の模擬戦を見たぞ! あの雷槍──構文の無駄がまるでない! 詠唱省略の練度、魔力圧縮、放出角度! すべてが完璧だった!!」
テーブルクロスがぁぁ。
「……うん」
「というわけで! 貴様を、私の生涯のライバルに認定するッ!!」
???
「……いや待って?」
「ライバルって、先生だよね? なんで一方的に認定されてるの? 授業とか、普通にすればいいじゃん」
「ふっ……そう思うだろう、凡人は。しかし私はな、凡人ではない!」
「知ってる。変人だよね」
それは、きいたことがある。
戦闘魔術担当の教授には、白衣の変人がいる、って。
「褒め言葉として受け取っておこう! だが本題はここからだ。貴様、あれほどの実力を持ちながら、なぜ今まで表に出てこなかった!?」
「修行してたから」
「ふむ、それは良い。だが、貴様のような『本物』が現れた以上、この学園に『活性化』をもたらす必要があるッ!」
「なんでテンション上がってんの?」
意味わからん。
「私と模擬戦をしろ!!」
???
「しないよ?」
バッサリだった。
「いやしかしだな! 見せ場というものが──」
見せ場、とは。
「教師が生徒に決闘を挑むの、ダメだと思うけど。あと、食べてる途中なんだけど」
「むむむ……ならばこうしよう! 私の戦闘演習の授業、今後『特別枠』で受け持ってもらう! 貴様の強さを全生徒に叩きつけるのだ!」
つまりは、
「うるさい変人先生が担当になるってこと?」
だよね?
「yes!」
まぁ、特に問題ないし。
「はぁ……、別にいいけど」
「よし決まりだ! 初回は今週末、特別公開演習とする! 私と貴様の『模範試合』だッ!」
あれ、食べていることへの配慮…
ていうか、
「結局、戦うんだ」
一本取られた気が、しないでもない。
許すまじ、カルナス教授
その日の昼休み、学園の掲示板には新しい張り紙があった。
《特別公開演習:暴走教授、マグレイン・カルナス教授vs Fクラスからの復帰者、リヴィア・ノースフェル》
「なにこれ!?」
「えっ、ノースフェルってあの暴走教授と戦うの!?」
「マジで? 退学フラグマシーン先生、学園内でもトップレベルだよね?」
リヴィアはその噂を、パンをもぐもぐしながら遠くで聞いていた。
「……ほんと、落ち着いて魔術研究、したいなぁ」
でも、結構楽しそうかも。演習。
アメジストの瞳が、きらりと静かに光った。
ゴーーーーーン、ゴーーーーーン
予鈴の鐘が鳴り響く。
朝食、全部食べれなかった―――
そのことを思い出して、ちょっと涙目になる。
──こうして、今度は教師とのバトルが決まったのであった。
特別公開演習の日、学園中庭には観客があふれ返っていた。
「先生と生徒の模範戦ってレベルじゃねーぞ……」
「どっちか死なないよね?」
いつも通り淡々とした表情で立つ。
このほうが、通常通りでいい。
マントの下で魔力の流れを整える。
アメジストの瞳がうっすらと輝く。
「うむ、やはりその静けさ……すでに戦闘前に魔力を抑制しているな? 素晴らしい! だが!」
マグレインは背中の杖を引き抜き、構える。
「こちらも本気でいかねば、教育的配慮に欠けるからな!」
『教師が試合をするのに本気=教育的配慮に欠ける』
それ、=じゃ、なくない?
「いや、加減はして?」
「ふははは! 安心したまえ、致命傷にはならん!」
「いや、それが心配なんだけど」
鐘が鳴った瞬間、轟音とともに地面が割れた。
「《轟焔裂破──グレア・バルグ》!!」
放たれたのは巨大な火柱。観客から悲鳴があがる中、リヴィアの姿が煙に包まれる。
「──あっ、やばっ。ちょっとは躱してくれたか? ……ん?」
(((((やばっ、っていってるんだけど)))))
煙の中、きらりと光が走る。
「《空界踏破──レヴィオン》」
紫電をまとうリヴィアが、空中を踏むように跳ね、マグレインの背後へ。
「なッ──!?」
彼女の手には、魔力を纏った細身の剣。紫の閃光が一直線に走る。
「《雷刃穿》!!」
ギャリィィィン!!
間一髪で防御障壁が張られ、マグレインの白衣が破れる。
「ほおおおおっ!? 完璧な奇襲だッ!! しかも魔術と剣の同時運用とはッ!!」
「先生、うるさい」
やっぱ変人だな。
魔力を再調整しながら小さくため息をついた。
「次、いくよ」
「おおう……君、ちょっと待とう。先生も年齢的にクールダウンが必要で──」
くーるだうん、とは?
よくわかんないけど、ま、いっか!
「──《雷鎖・交叉連結》」
「話、聞こう!? あ、ちょ、やめ、あ、ああああっ!!」
バリバリバリッ!!
雷の鎖がマグレインをぐるぐる巻きにし、空中でぐるぐる回されるという異様な光景が広がった。
「先生、落ち着いて戦おう?」
もしや、くーるだうん、とはヒートアップするものだったか?
「おおおう……ま、負けじゃ……ないぞ……っ」
その姿を見て、生徒たちの間にはある意味、別の尊敬が芽生えた。
──結論。
「ノースフェル、強すぎ」
「ていうか、先生の方がちょっと心配」
「あの目の光り方、ほんとやばい」
リヴィアは静かに、もぐもぐタイムに戻っていた。
「やっぱり、落ち着いて魔術研究できないな」
やっぱ、亜空間に行くかぁ。
発想まで、ヤバすぎるのであった。