エピソード25 久しぶりに街に出たらみんな私のこと知ってた。なんかやったかな?
「たまには街に出よう」
そう思ったのは、ほんの気まぐれだった。
この数週間、学園内で妙に騒がれ続けていて、講義だの視察だの王族だの生徒会だのに囲まれて、正直……ちょっと疲れた。
(街って、いいよね。空気が自由)
そう思いながら、フードを目深にかぶって人気のパン屋に並んでいた。
バター香るクロワッサンと、蜂蜜くるみパン。今日の目的はそれだけだった。なのに――
「……お客様、失礼ですが……あの、もしや……リヴィア様……では?」
パンをトングで掴んでいた店員が、震えた声を出した。
「違います。パン好きのフツウの市民です」
(この時点で察すべきだった)
しかし、それが始まりだった。
街の通りを歩いていると、商人たちがひそひそ声を交わし、子どもたちがこっちを見て騒ぎ、犬までしっぽを振って駆け寄ってくる始末。
(なんで犬まで……)
そんな中、一人の中年男性が、正面から走ってきた。
「や、やはり……リヴィア様!! お久しぶりです!!」
「……どちら様でしたっけ」
「冒険者ギルド西都支部、ギルド長のフリードでございますッ!! 一年半前、あなたが試験の際に見せた、あの『雷刃陣界』……私は今でも夢に見ます!!」
(ああ……なんか、思い出した)
たしか、学園に入る前――強くなるためにいろいろやってた頃。
戦闘訓練の一環として、ついでに冒険者ギルドの試験も受けたのだ。
「特に理由はなかったけど、強さの基準を知っておきたかったから……」
「試験官三人が同時に気絶したのは、今でも語り草ですッッッ!!」
(あれ、やっぱりやりすぎだったかな)
その場で連行されるようにして、ギルド本部に連れて行かれた。
待っていたのは、金色の装飾が施された大きな扉の奥、ギルド本部長や管理官、受付嬢たち、そして何故か見学に来ていた貴族の視察団までいた。
「リヴィア・ノースフェル殿! このたびはご来訪いただき、光栄至極にございます!」
「ご本人が、まさか“今さら気づかれるとは思いませんでした”と仰るとは……!」
「特級ライセンスは、王都内で現在三名のみです……!」
「今後の出動要請など、改めてご相談を――」
「断ります。今、学園の課題で忙しいので」
きっぱり言い切ると、ギルドの空気が凍った。
「課題……?」
「課題……!? な、なんという……!!」
(そんなに驚く?)
外に出ると、ルシアンが待っていた。どうやら私を追って街まで来ていたらしい。
「……本当に、どこまでが“ただの学生”なんだろうね、君は」
「ん? 私は普通の学生だけど」
「特級ライセンス持ってる人の言う“普通”の意味が、少しずれてる気がするんだ」
私は首を傾げた。
(よくわからないけど、特級ってそんなに珍しいのかな……?)
翌日。
学園に戻ると、教室が騒然としていた。
「リヴィアが“特級冒険者”ってマジ!?」
「ギルドのパンフレットに名前載ってたって!」
「ていうか、なんで今まで誰も気づかなかったの……?」
「本人が“登録したこと忘れてた”って言ってたらしいよ……」
「いやそれ……マジか……」
(なんだろう。パンが買いたかっただけなのに)




