エピソード24 私の一言メモが、国立教本序文に引用されてた件について
朝の教室。
私はいつものように席に座って、パンをもぐもぐしていた。
焼き立てのチーズパン。小麦の香ばしさと、チーズの塩気が絶妙なバランスで、今朝の優勝。
……だったのだけど。
「リヴィア……これ、見てくれないか?」
隣の席に座るルシアンが、すごく慎重に――何かすごく重要そうな紙束を差し出してきた。
私はパンをちぎりながら、ちらりと視線を向ける。
「……魔術基礎教本?」
「そう、国立教育省の正式版。来年度から全国の魔術学校で使用される予定の……」
ルシアンは言いかけて、黙った。
(ん?)
私はそのまま、教本を開いた。
冒頭、綺麗な魔導文字で書かれた序文――
『魔術とは、血統でも天才性でもなく、訓練で強化できる“技術”である。』
――王立魔導学園一年元Fクラス所属 リヴィア・ノースフェル嬢の講義ノートより
「……」
「……」
「……私、何か言ったっけ?」
私はパンのカケラを飲み込みながら、ふと思い出す。
数日前、特別講義の前にノートの端に落書きみたいに書いたんだ。
教授に「どうしてそんなに上達できたんだ」と聞かれて、「練習量の差だと思いますけど」って答えたときのメモ。
まさか、それが――
「えっ、これ……採用されたの……?」
「正式採録らしいよ。昨日、父(=国王)がものすごいテンションで僕に見せてきた。“ついに明快な魔術教育の指針が生まれた!”って」
(国王、テンション高くない?)
しかも、あれただの自己分析だったのに。
ルシアンは続ける。
「教育省の役人も、“これ以上に簡潔で力強い言葉はない”って絶賛してたよ。なんか、銅像建てようかって案も出てるらしい」
「え、やめて」
私は静かに拒否した。
(像とか……外に出るたび視界に入る自分とか、こわい)
⸻
その後、魔術学部の教授が血相変えて駆け込んできた。
「リヴィア嬢! これは本当ですか!? この一文、あなたのものだと!?」
「はい。たしかに私のノートに書いてましたけど、落書きみたいなものです」
「落書きじゃない……これは――これは魔導の哲学ですよ!」
教授が頭を抱える中、背後から生徒会長がやってきた。
「――国の教本に、あなたの名前が載ったとあっては、学園としても黙っていられない」
「え、私なんかしました?」
「してる。存在がしてる」
(この会話、成立してるようで成立してないな……)
⸻
昼休み。
噂は瞬く間に学園全体に広がっていた。
「序文に“Fクラス”って書いてあるのが地味に衝撃だったんだけど」
「ていうか、あの一言で授業十回分の説得力あった」
「うちの先生、泣いてたよ……“自分は何を教えてきたんだろう”って」
一部の先生は、勝手に教職への自信を喪失しているらしい。
ごめん、そこは想定外だった。
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放課後、ルシアンが私にこっそり耳打ちしてきた。
「父上が、“今のうちに王室付き魔導顧問の任命を……”とか言ってるけど、逃げ道作る?」
「逃げる。全力で」




