エピソード20 あれ、私、いつの間に「歴史」になったんですか?
その日、私は普通に授業を受けるつもりで教室にいた。
座っていたのは、一番後ろの隅。窓際の席。静かで落ち着く場所だ。
今日の授業は「近代魔術史」。
いつも通り、眠気との戦いになると予想していた。――が。
「では、教科書を104ページ開いてください。今日の範囲は『現代における魔術的飛躍』です」
パラ……と教科書をめくっていたそのとき。
――見覚えのある髪色の少女の挿絵が、ドーンと載っていた。
(……これ、私じゃない?)
おまけに名前まで――
【図:リヴィア・ノースフェル嬢(通称:現代魔術界の国宝)】
(…………)
私はそっと手を挙げた。
「先生、この挿絵……というか、名前が……これ私ですよね?」
「うむ。堂々たる『現代魔術史』の一頁だ」
「いや、私まだ生きてますよね? 歴史になっていいんですか?」
「むしろ生きてるうちに歴史になることこそ名誉だ!」
(そんな哲学的な話じゃなくて……)
「ていうか『国宝』って、誰が決めたんですか……?」
「王族だ」
「本当に決まっちゃったの!?」
教室内はざわついていた。
「うわ、本当に載ってる! 国宝って称号マジだったのかよ!」
「これ、未来の受験範囲になるんじゃ……?」
「サインとかもらっておけば、プレミアつく?」
(……いや、普通に生活させて)
私は深くうつむいた。なんなら魔導書で顔を隠した。
教科書を見れば、「ノースフェル理論」「無詠唱四重詠唱」「空間跳躍術応用法」などの見出しとともに、勝手に「まとめ」られた研究要約が並んでいた。
(ちょっと待って、どこ情報? これ全部、あの落書きメモから解釈されてない?)
さらに、脚注にはこう書いてあった。
※なお、本人は“至って普通に静かに暮らしたい”と語っているが、それすらも天才の風格と捉えられている。
(どこの誰が勝手にそんなポエム書いたの!?)
昼休み――
食堂に行くと、視線が集まっている。
ヒソヒソ声が耳に入る。
「ねぇ、あれが『教科書の人』……」
「実在したんだ……」
「生きてるわ!」
「サイン……欲しい……でも怖い……いや、でも可愛い……」
(……なんかもう、静かにパンすら食べられない……)
私はトレイを持ったまま、食堂を後にした。
その日の夜――
私の部屋の前に、「教科書改訂版」を持った第一王女リリエラが来訪してきた。
「リヴィア。教科書に載ったわね。おめでとう。これで名実ともに『王国の至宝』よ」
「……あの、全然嬉しくないんですが」
「どうして? むしろこれは序章よ。次は銅像よ」
「いりません!」
「でも、噂では『国宝第二号はルシアン王子では?』とか言われてるのよ。悔しくない?」
「なにが!?」
その翌週、校内の掲示板に、新たな張り紙が貼られた。
【生徒へのお知らせ】
今後、ノースフェル嬢への無断接近、撮影、著作物収集は禁止とします。
なお、「国宝」であることに変わりはありません。
(あの、私の許可、どこ……?)
私はそっと顔を覆って呟いた。
「……本当に、ただ静かに暮らしたいだけなんですけど」




