エピソード1 学園に久しぶりに帰ってみたら、なんか騒がれてるんだが。
王立アルフェン魔術学園。
帝都にそびえるその広大な敷地と、真っ白な建造物は、魔術師を志す若者たちの憧れであり、選ばれし者しか足を踏み入れられない聖域。
と、聞かされていた―――気がする。
その正門前に私は立っていた。
「うーん。外壁の結界構成は三年前と変わってない……魔力密度の流れも安定。うん、問題なし。
いやー、懐かしいね。あの頃は荒れてたなぁ」
一応、学園に来るので、ちゃんとした格好しないとなと、
青紫がかった長髪をひとつにまとめ、制服の代わりに軽装のローブを身に着けた。
これでいいのだろうか。
私はかつて、この学園のFクラスに在籍していた。
最下位常連。
魔力は最底辺、詠唱速度は鈍足、制御はおぼつかず、そして何より家柄は没落。
「……懐かしいな、ここの石畳。よくつまづいたっけ」
ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。
三年前、誰にも期待されず、誰にも顧みられず、私は学園を去った。
──修行します、とだけ、机の上に残して。
当然、教師陣からも「逃げた」と笑われただろう。
旧クラスメイトからは「消えてせいせいした」と囁かれただろう。
だが。
もう、そんなことはどうでもいい。
なんか、名誉とか、印象とか、
正直どうでも良くなってきた。
「さて……そろそろ行こうか」
静かに歩みを進めたが、
正門を通った瞬間。
魔術感知式の結界が、一瞬だけ──いやな音を出した。
バヂッッ……!
「ん?」
何かが反応した音に気づいて、こちらも反応する。
「あぁ、危険人物判定?いいけど―――」
そのころ、正門受付所では。
紫電のような魔力が走り、結界の核が震える。
「えっ……今、魔力警告反応……!? 誰!?」
「Sランク以上の反応!? 学園内に侵入者!?」
「違う、生徒だ! 入構記録がある──えっ、ノースフェル? ノースフェルって、あの?」
騒然となる正門受付所。
本人は?
「―――やっぱり感知式結界、昔のままだよね。値の調整甘すぎる……これ、基礎防御すら抜けるよ?」
と、結界の不備を素で呟いていた。
いや、普通に魔力量が膨大すぎて、感知結界が「異常事態」と判定したのだ。
「まぁ、いいやっ。中入っちゃえ」
なせばなるである。
使い方よくわからんけど。
私が受付所までを歩くだけで、近くにいた生徒たちがざわめく。
「……は? ノースフェル? あの最下位が? 嘘でしょ」
「いや、でも結界の反応、見た? フォルムも似てたし、でも別人じゃ──」
「ていうかあの空気、なんか圧っていうか、胃がキリキリするんだけど……」
すれ違う生徒たちが振り返り、息を呑み、距離を取る、
けど。
正直どうでもいいし。
本人はそれをまったく気にする様子もなく、受付へと進んでいく。
「ノースフェル、リヴィア。Fクラス出身。……編入申請、という形になるのかな。届けは事前に提出済みです」
「は、はいっ……! あ、あの、えっと、こちらに、再検査の──」
受付嬢の手が震えている。
用意された魔力量測定器に手を置くよう促され、素直に従った。
──ピーーーーーーーーーーーーーー……ッッ!!
測定器が、爆ぜた。
「……あっ」
やっちゃった…のかな?
「……うそでしょ」
次の瞬間、受付が静寂に包まれる。
「えっと……壊れたの、私のせい?」
「ノースフェルさん、あの、ちょ、ちょっと奥の部屋へ……学園長が直接お話を……!」
その日の学園中が、「最下位が帰ってきた」話題で持ちきりとなった。
しかも──
「なんか、かっこよくなってね?」
「……わかる」
「てか、あの目……アメジストみたいに光ってなかった? 魔力で?」
「ふつうにタイプなんだけど」
「やば、話しかけてみようかな」
なんか私の知らないところで、噂されてるんだが。
ま、いっか。
筋金入りの、スルースキルである。
ちなみに、当の本人は。
「うーん、校舎の配置変わったかな……魔術教室が南棟って、魔力流の効率悪くない? あれ、誰か設計見直した方が──」
そんなことばかり気にしていた。