エピソード14 え、まだ教科書開いてるんですか?
「えーっと、ではここで質問です」
歴史の教壇に立つのは、語尾が異様に長くなることで有名なバルメル先生。手に持った教科書をぱらぱらとめくりながら、にこやかにこちらを見た。
「ノースフェルさん、第四次魔導戦争の開戦理由について、説明していただけますか〜?」
私は軽く頷く。
「はい。帝国が他国の魔石採掘権に強引に介入したことに起因し、初期の交渉失敗が引き金となって開戦しました。背景には、当時の皇帝エルミノーラ三世の拡張政策と、魔石依存経済の失速があり、周辺国の反発を招いた結果です」
教室が静まり返る。
「えっと……えぇー……そ、その通りでぇぇぇす……」
バルメル先生が言葉を噛みつつ頷いた。
あれ?もしかして長かった?
隣の席の生徒が小声でつぶやいた。
「……今の、まるっと教科書に載ってたページ、丸ごとだったよな……?」
後ろから別の声。
「ていうか、言い回しまで一字一句そのままだぞ。おい、記憶魔法ってマジかよ……」
私はちょっと首を傾げて、ささやく。
「え? 使っちゃダメだった? 私、昨日教科書と参考書ぜんぶ記憶魔法で入れましたけど……」
先生の目がカエルみたいに飛び出した。
「ま、まままま、まさか全部ですかぁ!? 一冊じゃなく!?」
「はい。睡眠時間、三時間削ったので、効率よく詰め込めました。副読本も五冊。あと講義動画も全部視聴して、覚えてます」
前の席の男子が椅子からずり落ちた。
「なんだよ……なんでそんなに真顔なんだよ……」
私は首をかしげる。
「みなさんは、まだ教科書、読んでるんですか?」
ざわ……ざわ……
周囲の生徒が、一斉に教科書を閉じた。中にはそっとカバンにしまう者まで。
バルメル先生が眼鏡をずらして、目をしぱしぱさせながら言った。
「ノースフェルさん……あの……これからも、よろしければ、先生の補助として……」
「教師じゃないです」
即答した。
教室に沈黙が戻った。
うーん、なんで黙るのかな? 授業、面白いと思うけど……。
次の日。
重々しい扉を開けると、煌びやかな玉座の間。
そこには国王陛下、王妃様、第一王子、第一王女、第二王子、そして弟子志願してきた第三王子ルシアンが勢揃いしていた。
彼らの鋭い視線が一斉に私へと向けられる。
「リヴィア・ノースフェル殿、よくお越しくださった」
国王陛下は穏やかに微笑みながら言った。
私は軽く頭を下げつつ、自然に口を開く。
「はい。呼ばれたので来ました。パーティーとかじゃないですよね?」
王妃様が一瞬きょとんとした顔をした。
「ここは謁見の場です。パーティーではありません」
「そうなんですね、失礼しました」
私は悪気なく答え、国王陛下の言葉に続ける。
「正直、私こういう格式ばった席って苦手で。強くなるのが好きなだけなんです」
第一王子が興味深そうに尋ねる。
「君は学園でも特異な存在だと聞いている。実力を見せてもらえないか?」
私は真顔で返す。
「実力は毎日の食事みたいなものですから、特に披露する予定はありません」
第一王女が眉をひそめる。
「実力を『食事』に例えるなんて、少し非常識じゃない?」
「え?だって、強くなるのは毎日必要なものだから」
第二王子が苦笑し、ルシアンはにっこり笑う。
「考え方が独特だね。それが君の強さの秘密かもしれない」
私は少し嬉しそうに答えた。
「そうかもしれません。あと、恋って美味しいんですか?」
部屋中が一瞬静まり返る。
王妃様が微笑みながら、
「それは……」と困惑した表情。
国王陛下も少し笑いながら言った。
「君の純粋さには驚かされる。もっと話を聞かせてほしい」
第一王子は呆れつつも興味津々で、
「君と話すのは退屈しなさそうだ」
第一王女は少し顔を赤らめて、
「……なかなか魅力的な子かもしれない」
第二王子が言った。
「これからも交流を深めていきたい」
ルシアンはウインクしながら、
「弟子じゃなく、仲間として期待しているよ」
私は少し考えて、
「まあ、面倒見は悪くないと思いますけど、期待しすぎないでくださいね」
みんなが笑い、空気が和らいだ瞬間だった。
私、全然空気読めてないのに、なんでこんなに好かれるんだろう…?




