エピソード13 (魔術指南希望者の列)三日目突入。あと、王子が弟子志願してきたんですが
三日前、私はただの自主訓練の一環として校庭で魔術演習をしていただけだった。
静かに、淡々と、誰にも見つからないように。
なのに。
「──リヴィアさん、今日は『詠唱短縮の極意』について教えていただけますか?」
「『対魔力防御の突破式』の応用ってありますか!?」
「わたし、空間魔術はまだ早いって言われてたんですけど、どうしても“師匠”の型を見たくて……!」
──今日もまた、校舎裏に長蛇の列ができていた。
……どうしてこうなった。
三日連続で続く「魔術指南希望者ラッシュ」。
最初はFクラスの生徒が一人二人だったのが、今やA〜Eクラスの混合部隊、教師、果ては学園外の視察官まで混じっている。
しかも、なぜかみんな『私に師事するのが当然』みたいな空気になっている。
「ねぇリヴィア。君、授業より人気あるって気づいてる?」
気づいてはいるけど、認めたくない。
「あのねぇ、『静かに過ごしたい系最強』って、もう定着してるよ?」
勝手に属性つけないでほしい。
「ではまず、本日もよろしくお願いします! 師匠!」
その言葉と同時に、ぱんっ、と拍手が起きた。
──誰が最初に『師匠』なんて言い始めたのかは、今となってはわからない。
が、一度広まった呼び名は、魔術以上の速度で学園中に浸透した。
「……で、なに教えればいいの?」
「今日のテーマは、『瞬間展開』と『複合魔術の組み合わせ理論』です!」
……軽く言ってくれるけど、それ、三年生レベルじゃない?
「ちなみに明日のご予定は『魔力変換と自然干渉の応用』と、『師匠の無詠唱理論を勝手に真似してみた選手権』です!」
何その競技?
そんな混沌とした魔術キャンプのような空気の中。
──突然、全員の背筋がピンと伸びた。
「おや、これは盛況ですね。……さすがは、リヴィア・ノースフェル嬢」
この声には聞き覚えがある。
……来たな。
「王子殿下!?」
「ル、ルシアン王子がこの場所に……!?」
ざわめく人波の中、涼しげな微笑みを浮かべて近づいてきたのは、
王家の第三王子──ルシアン・アークライドだった。
彼は私の前に立つと、なぜか恭しく一礼した。
「私も、弟子にしてください」
──は?
……はい?
「魔術の才、剣の腕、精神の静けさ──そのすべてに敬意を表します。
よろしければ、貴女の下で“学ばせていただきたい”と願うのです」
いや、王子でしょ? 逆じゃない?
「もちろん、王族としての立場を利用するつもりはありません。
……ですが、私はリヴィア嬢の『あり方』そのものに感銘を受けたのです」
「……あの、本気?」
「はい。私は貴女のようになりたい。静かに、しかし確かに世界を変えていく、その力に──」
うわ、なんか演説入った。
後ろの列から「カッコイイ……!」とか「リヴィア様とルシアン殿下の師弟関係とか尊すぎる……!」とか、変な声が漏れていた。
やめて、静かにして、ほんとに。
「……じゃあ一応、基礎からやってくれる?」
「もちろん。土を掘ることから始めましょう」
「いやそこまではいい」
「では、水汲みでも?」
いや、君はなにと戦おうとしてるの。
こうして、私は「王子を弟子にした一般生徒」という、
学園史に残りそうな謎ポジションを得ることになった。
いや、ほんと、なんでこうなったの?
/
放課後の寮は、静寂とまではいかなくても、少なくとも「静かに過ごす」ための場所のはずだった。
なのに、廊下の向こうから何やらざわつく声が聞こえてくる。
「え? なんだろう…」
そう思って扉を開けると、そこには人、人、人。
あの……私の部屋の前に、魔術指南希望者たちが待機列を作っているんだけど。
「な、なんでここまで…?」
まだ日が暮れかけているだけなのに、こんなに集まるなんて。
「おいおい、リヴィア先輩、今日も頼むぞ!」
「先輩の『魔力集中の極意』が聞きたいんです!」
「『複合魔術の組み合わせ』ってどうやってるんですか!?」
「待ってました、師匠!」
……いや、私は師匠でも教師でもないんだけど!
静かに、平和に過ごしたかっただけなのに、なんでこんなことに!
「じゃあ…仕方ない、ちょっとだけ教えるか……」
薄暗い談話室に移動し、満員の聴衆を前に、リヴィアの「即席講義」が始まった。
「まずは魔力の根本、集中のコツから…」
彼らの真剣な眼差しを前に、意外と悪くない気分になる自分もいた。
だけど、やっぱり静かに暮らしたい。
この騒動、いつ終わるのだろうか――。




