エピソード12 生徒会の公式演習試験が始まるらしいけど、静かにしてていいですか?静かにさせてください
学園内は、異様なほど浮き足立っていた。
どうやら、生徒会主催の公式演習試験とやらが近づいているらしい。
知らない。私、呼ばれてない。ってことにしておこう。
だが、現実は甘くなかった。
「リヴィア=ノースフェル、特別参加枠として出場要請が届いているぞ」
担任が、満面の笑顔で書類を渡してきた。
「……断っていい?」
「いや、特別枠なので辞退不可だ」
「どうして?」
「あまりに戦闘能力が高いため、上位層とのバランス確認を行いたい、とのことだ」
なるほど、すごく迷惑。
──休み時間。
今日も今日とて、後輩、同学年、上級生にまで囲まれて、質問攻め。
「リヴィア先輩、魔術構築の時って、イメージはどういうふうに?」
「重力操作の詠唱タイミング、教えてください!」
「リヴィアちゃんって、恋人いるの?(※魔術関係ない)」
質問が無秩序すぎる。
「お願いです、魔術指南だけでも……」
いや、私、教師じゃない
「ルシアン殿下が言ってましたよ。『リヴィア嬢の戦闘は、詩のようだ』って!」
またかあの王子……
私は決意した。
本気で。
──常時、気配遮断の結界を展開しよう。
透明化ではない。姿は見える。が、『認識されにくくなる』
それを魔術的に調整して、『授業と演習以外は気配ゼロ』で生活するのだ。
「リヴィア、さっきから黙ってるけど、なにして──」
「結界構築中」
「えっ? あっ、あれ、なんか空気が──」
ぱしゅん、と音を立てて、私の気配がふっと消える。
隣の生徒が、戸惑った顔をしてきょろきょろし始めた。
成功。
──昼休み。誰にも呼ばれず、誰にも声をかけられず。
中庭の一番奥で、地味なサンドイッチを食べる。
これこれ。これが平和ってものだよ。
「──……あ、見つけた」
は?
声がした。気配を消しているはずなのに。
見上げると──また金髪の王族が、風に揺れる制服で立っていた。
「さすがにそれくらいの結界では、私は誤魔化されないよ?」
「……趣味、ストーカー?」
「違う。『興味深い研究対象』だ」
いやそれはそれで怖い。
「ところで、生徒会演習試験。楽しみにしている」
「してないけど」
「僕と同じチームになれるといいね」
「断れる?」
「無理だ。特別枠の君は、振り分けできないから、運次第」
運命、なぜ私にだけ厳しい。
その日の放課後、私は追加で「音遮断+転位用陣」まで組み込んだ。
次は物理的に逃げる準備も万全だ。
でも──どうせ、バレる。どうせ、見つかる。
それでも。
せめて、努力はしておこう。
私は静かなる生活のために、全力で魔術を使っていた。
学園公式演習試験──それは、上級生と下級生が混成チームを組み、実戦形式で行われる『能力評価試験』。
実力・戦術・連携・判断力を総合的に測るため、演習は全学年注目の一大イベントだった。
が。
「なぜ、私は先鋒?」
開幕直前、チームリストを確認した私は──静かに、絶望した。
リヴィア・ノースフェル──先鋒。
「えっと……説明してくれる?」
「あ、あのですね!」
慌てて駆け寄ってきたのは、チーム担当の副会長代理。
「今回の演習、先鋒が主導権を握る形式でして……! えー、その、リヴィアさんが一番信用できるってことで……!」
「信用いらない。静かにしてたい」
「で、でも殿下からも『最も信頼できる剣と魔術の使い手』と高評価を……!」
……またあの金髪だ。
演習場、出撃三分前。
私は、両手を前に出し、そっと空間を撫でるように結界を調整していた。
(瞬間転位魔術:双重固定転位……音読室の陣、発動確認。接続良好)
──瞬間移動。距離20kmまで対応。
座標は、私のお気に入りの「誰も来ない音読室」に設定済み。
0.1秒以内で消えられる。準備は万全。
何かあったら即退避。これで勝てる。
あくまで、逃げのため。
戦うつもりはない。できれば、開始直後に転位して、行方不明になりたい。
が。
「リヴィア=ノースフェル、出撃!」
放送が鳴り、私は演習場の中心へと転送された。
あ、無理。無理なやつ。
私の目の前には──巨大ゴーレム型戦術魔導兵器(演習用)×3体。
しかも、他のチームはまだ出てきていない。なぜか、私だけ先行配置。
「開幕10秒で、『単独対多』なの……?」
──その瞬間。
ごぉぉん……!
ゴーレムが魔力を噴出し、右腕を振り上げた。
よし、転位──
──が、詠唱の前に。
「そこまでだ」
と、聞き覚えのある声が割り込んだ。
──ルシアン・アークライド。
金髪の第三王子が、私の横に現れていた。
は?
「私も同時配属された。安心するといい」
「してない。なんでいるの?」
「『逃げようとするだろうから』と読んで、転位座標に『干渉式干渉魔法』を仕込ませてもらった」
「…………」
「見事に準備されていたね。まさか陣を音読室に刻んでいるとは。さすが、抜かりない」
何この人、ほんと怖い。
ゴーレムが一斉に突進してくる。
私とルシアンの方へ、巨大な魔力が収束する。
「リヴィア嬢、あちらは任せる」
「任せないで。私は静かに逃げたかったの」
だが、もはや選択肢はない。
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、「うるさく」する。
──静かなる魔術起動。
両手を広げ、無詠唱の連続構築式:反射型結界+重力断層展開。
次の瞬間。
「……ッ!」
ゴーレム3体の突進が──空中でぐにゃりとねじれ、まとめて後方に吹き飛んだ。
爆音と、轟音と、土煙。
演習場の観客席から、どよめきと歓声。
ルシアンが笑う。
「まさに、詩のような戦闘だ」
「だから静かにしてって言ってるでしょ……!」
──こうして、リヴィアの『静かなる演習』は、静かでない幕を開けた。
/
後日。
演習試験の翌日。
私は、何事もなかったように結界を張りながら、学園の廊下を歩いていた。
「静かに……目立たず……空気のように……」
だが。
「──あ、リヴィアさーんっ!!!」
しまった、見つかった。
走ってきたのは、生徒会副会長。
私に演習で負けてから、『真面目をこじらせすぎたノート中毒男』の異名を持った、努力型メガネ君だった。
彼は、プリントとノートを抱えながら、鬼気迫る顔で私の前に立ちはだかる。
「お、お話を、お話をお願いしますっ!」
そして、なぜ敬語。
「静かにしたいです」
「すみませんでもこれだけは聞いてください!!」
──彼は、震える手でノートを開いた。
中には、私の演習時の行動を逐一記録したらしい魔術解析ログが、びっしり。
「演習初手、5.3秒で三重結界を展開してからの無詠唱魔術ですが……これ、普通は成立しません!」
「そうなんだ」
「『普通は』詠唱短縮か術式分解が必要なんです! でもあなたは、意識だけで魔術展開の最適化をやってる! しかも無意識でっ!」
「はい?」
「無意識で空間歪曲とか……もはや理論が存在してない! なんなんですかあれは!? 何者ですかあなたは!? 物理法則の敵ですか!?」
物理には勝ちたいけど、敵ではない。
「生徒会の戦術分析部、昨夜から徹夜でデータを解析したんです!」
「大変ですね」
「7人が発熱! 3人が『俺の魔術観が壊れた』って叫びながら窓際で黄昏れて、1人は詩を書き始めました!」
詩……?
「私は、あなたの魔術がどうやって成り立っているのか、せめて一部でも参考にしようと……!」
──そう言って、副会長は泣き出した。
「……でも、すごすぎて何も参考にならないんです……!!」
いや私、別に「参考用」に動いたことないし……
「お願いします、せめて、せめて基礎構築理論だけでも教えてください!」
「え、あの……まず空間に手をかざして……」
「はいっ!」
「“静かにして”って念じます」
「……えっ?」
「で、『できれば誰にも見つかりたくない』って思うと、結界が展開されます」
「…………それ、精神論では?」
「はい。あと、たぶん心が静かだと、発動が早いです」
「参考にならねえぇぇぇぇぇ!!」
彼は、がくりと崩れ落ち、膝をついた。
「努力で追いつけると思ったんですよ……!」
「たぶん、努力でどうにかなると思いますよ?」
「本当に思ってます!?」
……うん、まぁ、私が言うと説得力ないやつ。
結局、副会長は
「今日の僕の敗因は、人生」
と呟いて立ち去っていった。
今日もまた、周囲の謎評価だけが爆上がりしていた。




