エピソード9 なんか、目立ち過ぎじゃない?
朝、学園の門をくぐった瞬間──
「おはようございます。リヴィアさん!」
「昨日の演習、見ました!すごかったです!」
「次、模擬戦で当たることになったらぜひ手加減を──いややっぱり本気でお願いします!」
……うるさい。
私はただ、登校しているだけなんだけど。
なにこの謎の歓迎ムード。
足を止めると、視線が集中する。
なにかついてる?
いや、ない。
魔力も漏れ出してない。
髪もまとまってる(はず)。
昨日、生徒会長と戦っただけ、なんだけど。
たしかに目立ったかもしれない。
演習場の真ん中で、派手に戦ったし。
でも私はただ、正当に?依頼された試合をこなしただけだし。
特に名乗ったわけでもないし、調子に乗ったつもりもない。
むしろ静かにしていたいのに。
「リヴィアさん!今度、魔術の制御について教えてもらえませんか?」
「え? えっと……本を読んだ方が早いよ?」
「謙遜しないでくださいよ~!」
謙遜じゃなくて事実だ。
本にはちゃんと書いてあるし、誰でもやればできる。
私はただ、全部やっただけ。
教室についても、空気はおかしかった。
以前は誰も見向きもしなかったはずの私の席──
そこに近づく人が、やたら多い。
「リヴィアさん、これ新しい補助魔術の実験なんですけど……ちょっと意見を!」
「う、うん……?」
うわ、実験内容、めちゃくちゃ雑い。
「リヴィアさん、朝食抜いてないですよね!? 昨日の消耗すごかったから、これ、栄養ポーションです!」
「ありがとう。でもなんで、今さら?」
「えっ!? えっと……なんとなく!?」
ぜったいなんとなくじゃない。
私は静かに息を吐いた。
──これが、あれか。
『急に持ち上げられる』というやつか。
ただの反動じゃん……以前がFクラスだったから。
どんなに努力しても認められず、あの頃は存在すらないような扱いだった。
別にいいけど。
今さら掌を返されても、こっちとしては「ふうん」くらいだし。
──でも。
「……あの、リヴィアちゃん。ちょっといい?」
ふと、かつてのFクラスの女子──ラネッサが話しかけてきた。
以前は同じ空間にいても、目も合わなかった相手。
でもその表情は、ほんの少し、気まずそうで。
「……昔、笑ってごめん。あんた、ほんとに……努力してたんだね」
「うん。してたよ」
「そっか……」
ラネッサは、なんとも言えない顔をして、そのまま立ち去った。
……うん、まぁ。
許すとか、許さないとか、そういうのはない。
私はただ、自分を貫いてきただけだから。
放課後。
人気のない屋上に避難して、ようやく一息。
「……静か」
誰もいないこの空気が、私は好きだ。
魔力の流れも、風の音も、全部クリアに感じられる。
たぶん、もう、噂になることはない。
人の噂も七十五日とかいうし。
でも──
「私は、事なかれ主義なんだけどな……」
静かに呟いた言葉が、風に流れていく。
その直後、屋上の扉がギィ、と音を立てて開いた。
「あ、いたいた。逃げると思った」
別に逃げた覚えなんて⋯ある。
「……なんで生徒会長がここにいるの」
「君の魔力は特徴的だから、見つけやすい」
見つけやすい…?
じゃあなんで演習の時は見失ったの。
思っても言わない。平穏を保つため。
「……用なら手短にお願い」
「そうか。なら、余計な話はしない」
それは助かる。
「ただ──君に、今後の『立場』について伝えておきたい」
「立場?」
「ああ、まず、昨日の演習での実力披露だが──君の魔術制御、剣技、戦術眼。どれも並外れていた」
「褒めるなら30秒以内でまとめてほしい」
「……失礼。簡潔に言う。君は、すでに『学内の勢力図』に影響を与えている」
勢力図……? あれ、学園って普通の学校じゃなかったっけ。
「君を『監視対象』に指定した生徒会の判断は、正しかった」
「それ、本人の許可取らずに勝手に決めたよね?」
「取っていたら君は拒否しただろう」
正解だけど。
「──それで、今後は?」
「まず、君の活動範囲に制限は設けない。ただし、外部からの接触が増える可能性がある。注意してくれ」
「外部って?」
「王族、貴族、研究機関、ギルド……力を持つ者たちは、常に『異端』に目を光らせている」
あー。めんどくさい。
「私、ただの学生だけど」
「実力がある限り、『ただ』ではいられない」
「そっちが勝手に騒いでるだけでは?」
「そういう態度を崩さないのも、君の強さだと思っている」
「…………」
この人、絶妙にめんどくさい。
「──それで、本題はここからだ」
「えっ、まだ前置きだったの?」
「君を『推薦枠』として、生徒会戦術部に招きたい」
「いまの静かじゃない空気をさらに加速させる提案をしてきたよこの人……」
もちろん、口には出さない。
「断る理由があるなら、聞かせてほしい」
「ないけど、入る理由もないかな。私は事なかれ主義(自己認識)なので」
「だが、力は必ず『場』を求める。孤高は美しいが──孤立は危うい」
「……どこで覚えたの、その名言っぽい言い回し」
「本に書いてあった」
本か。
うん、なんかちょっと親近感。
「考えておいてくれ。正式な勧誘は、次の演習後に改めて」
そう言って、彼は去った。風と共に、静けさが戻ってくる。
──でも。
「……話、長かったな」
そう呟いたあとで。
でも、聞いてよかったかも。
ほんの、ちょっとだけ。
生徒会長の言葉は、嫌じゃなかった。




