第一話 復讐代行と魔に生きる者
「おい聞いたか!またマエストロが出たらしいな!」
「あぁ…聞いたぜ、でもサインが入ってなかったらしいから赤点の作品か偽物だろうな」
ギルドの酒場で名前も知らぬ傭兵が今日も噂について会話をしている。
各国に存在するギルドの酒場には常にその国の最新の噂が集まる。その噂の真偽を問わず。
だが常に戦場や未開拓のダンジョンで命のやり取りをする傭兵にとってどれだけ些細な噂であってもどんなツマミにも勝る酒のあてなのである。
そんな何処かから聞こえる噂話を右から左に流しながら目の前の料理に手をつける一人の男。
その男は黒の中折れ帽に黒のスーツ、黒の目元を全体を覆う眼帯と多くの者が鎧などの自身の身を守るものを着用しているこの場においてその男の格好はあまりにも異質という他なかった。
もし何も知らぬ者がその男を見たのなら嘲笑するのだろうがこの場には彼を馬鹿にしようなどと舐めた態度を取る輩は1人もいない。
何故か、その理由は単純明解である。彼がこの国、中立国家バルファドに恨まれる様なことをするべきではないという暗黙の了解を作り出した男、復讐代行カーンレイスであるからである。
もちろん彼がこの国に来たばかりの頃は彼を舐める様な態度を取る者も多くいたがその全てを実力でねじ伏せたことでこのギルドにおいて彼は不可侵という空気を作り出すことになったのである。
そんな彼の目の前の席にフード付きの外套を被った少女が座った。
彼の目の前の席に座る者は大きく分けて2種類に分けられる、1つは彼について知らぬ新入りの傭兵か他国の傭兵かである。もう1つは彼に復讐を依頼する者であるか。
そして今回の相手は雰囲気から察するにどうやらカーンレイスに復讐を依頼しに来たのだと分かった。
カーンレイスが食事に使っていたナイフとフォークを皿に置いたことを皮切りに酒場にいた全員が一時的に席を外し始めた。
目の前の少女はその光景に戸惑っていたがそんなことはお構いなしにカーンレイスが会話を始めた。
「驚きましたか?私は依頼を受ける際は守秘義務を守るために席を外してもらう様にお願いしてるんですよ。それでいったいどんなご依頼ですか?魔族のお嬢さん」
魔族とはかつて人類と敵対していた種族だが15年ほど前に当時の魔族の王と人類連合の長が当時の関係を嘆き人類連合が正式に魔族は人間と同じ権利を保障される種族であると認めた事により争いは終結した。
しかし人間が少し前まで敵対していた種族とそう簡単に手を取り合える訳がなく今なお魔族を差別する者も少なくない。
魔族であることを見抜かれた目の前の少女は思わず驚いたがすぐに落ち着いて依頼の内容を話し出した。
「…に、…してください。勇者に復讐してください」
そう言った彼女の声はどこか震えており、恐怖と憎しみが入り混じった様な複雑な声をしていた。
勇者、それはこの世界においてカナリア王国に伝わる聖剣を扱える者に与えられる称号。
カナリア王国において聖剣とはカナリア王国建国に由来する物である。当然その様な物を扱えるものには相当な権力が与えられる。
そして聖剣さえ使えれば勇者と認められるため性格に難がある者も居たのだが今代の勇者は特に酷く勇者の権力を笠に着てやりたい放題してるという噂は傭兵達がよくしている。
「どうして復讐して欲しいんですか?」
カーンレイスは目の前で涙を堪えて下を向いている魔族の少女にそう問うた。
いくら誰にでも復讐の代行を行う復讐代行とて理由のない復讐はしない主義なのである。
復讐を望まれた相手が復讐されるような理由があるかどうか、それを依頼人の口から話させなければ依頼を一切受けるつもりはないのである。
「…私はこの国の辺境にある魔族の村に住んでいました。そこの村は貧しいながらも村の皆んなが仲良く平和に暮らしていました。
でもある日アイツらが…勇者とその仲間が私達の村に来たんです。最初は私達も歓迎するつもりだったんです。でもアイツらは私達を見た途端私達に攻撃をしてきました。
もちろん私達も対抗しました。ですが相手は仮にも勇者、私達が敵うわけもなく大人達は虐殺されました。」
そこまで語った少女は涙を流しながら嗚咽混じりの声にならない声を絞りだそうとしていたがカーンレイスはもう大丈夫だと伝えいまだに涙を流す少女を制止した。
「あなたの事情はよく分かりました。あなたの依頼をお受けいたしましょう」
その言葉を聞いた少女は僅かに表情を明るくし、その顔をカーンレイスに向けた。
「ありがとうございます」
少女は頭を下げながら何度も何度もカーンレイスに感謝を伝えていた。
その後カーンレイスが制止するまでずっと感謝を伝え続けていた。
それほどまでに少女にとってこの復讐は成し遂げたいことであったのであろう。
カーンレイスは少女を制止したのち、とあることを少女に伝え始めた。
「感謝もいいですが私はあくまでも依頼をお受けするのです。依頼であるならばコチラが望む相応の対価を差し出していただく必要がございます」
少女はその言葉を聞いた途端驚愕の表情を浮かべていた。
感情を爆発させたせいか、はたまた過去の苦しみを思い出したせいか、その事実が頭の中から抜けていたのだ。
咄嗟に何かを思い出した様に外套の中を漁り小さな麻袋を取り出した。
「あ、あのお金ならあります…」
「私はお金で依頼をお受けいたしません」
カーンレイスは淡々と、事務的にその言葉を少女に伝えた。
少女はその言葉を聞いた途端頭の中が真っ白になってしまった。何故なら今自分が差し出せる物は今出した麻袋に入った金銭のみなのだから。
そんな少女の様子を見てカーンレイスは次の事も伝えた。
「あくまでもお金ではお受けしないというだけです。一度依頼をお受けすると決めたらそれを撤回することはいたしません」
「じ、じゃあ私はどうすればいいんですか?」
少女は自分がどうしたらいいのかわからない。故にカーンレイスにそう聞くことしか出来なかった。
カーンレイスもそれを見抜いており淡々と、さりとて決して少女から目を離さず自分が望む対価を伝えた。
「私が望むことは2つ。1つはあなたの名前を教えていただくこと。もう1つは今回の復讐の旅についてきていただくことです」
少女わけがわからないという表情を浮かべていた。無理もない。前者は分からないでもない、まだ少女は目の前の男に名前を伝えていないのだから。
だが後者に関してはメリットが無いどころか自分が着いていくことでデメリットが発生するのが目に見えている。なのに何故自分を連れて行くのだと。
そんな少女の疑問に答える様にカーンレイスは態度を変えずに伝えた。
「ずっと同じ遊戯をしてても飽きてしまいますからね、だからたまには趣向を変えてみるのも悪く無いと思っただけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
その言葉を聞いた瞬間少女は理解した。自分が一体何に縋ったのか、自分が知らないだけでもうとっくに戻れない場所に足を踏み入れていたのだと。
「さてと、まずは1つ目の対価を払っていただきます。お嬢さん、お名前は?」
カーンレイスは笑顔で、優しい声色で目の前の少女にそう語りかけた。
少女は目の前の男が不気味で仕方なかった。それでももう戻れないのならとことん進み続けてやる。そう思い自身の名を伝えた。
「アデル…私の名前はアデルです」
「よろしくお願いしますアデルさん。私はカーンレイス、気軽にカレスと呼んでください」
2人の自己紹介はあっけなく、されどもアデルにとって一生忘れることのできない思い出となったのである。
カーンレイスの見た目について
カーンレイスが付けてる眼帯のデザインは某倫理観が死んでる街の作品に出てくる指令命の人たちが付けている物を想像していただけると幸いです