ジプシー シエラ
シエラは元々小さな農村の大家族の娘だった。
しかし、飢饉が起き真っ先に口減らしとしてタワシより安い値段で売られたのだがそれは物心のつく前だ。
身請けした商人も折り悪く輸送中に黒髪の女にあっさりと殺され馬車も荷もすべて奪われた。
それから女達は協力しあいながら旅をする様になった。
多種多様な髪・肌・瞳の持ち主が一つの馬車で協力して生活をする事となり、みな大抵の事は黒髪の女から多くの事を学んだ。
彼女は他の娘たちに比べて一回り年上の様で馬の扱い・狩り・食べられる野草や木の実・刃物の使い方から獣の解体の仕方を彼女から教わりそれぞれ得意な事を仕事にしていた。
女は歌と踊りに長けており夜の野営の度に少しづつ踊りを私たちに教えた。
ほどなくして村に立ち寄れば交易もし、夜になれば村人を集めて踊りを披露し金銭を得る。姉たちは旅のストレスをここで発散しているふしがある。
時折身寄りのない女に出会い黒髪の姉と一悶着の後にキャラバンに人が増え馬車も男でも増えた。
必要があれば年上の姉たちは男を取り身なりは少しづつ良くなって行った。
シエラは幼い為キャラバンの洗濯や片付けの手伝いが主な役割のため姉たちの姿を横目に仕事に励んでいた。
時折姉たちは幼いシエラにおみあげを持ってくるがシエラの興味は姉たちの話す客の男を批評する時の表情を見る事のほうが好きだった。
ある時はうっとりと少し遠くを見る様に語り、ある時は怒りを込めてみんなで特定の男を口々に罵り合う。
大抵の場合が半月も逗留せずに次の村や街を目指す為次々に忘れ去られて行く。
ある時、大金を持って黒髪の女が帰ってきた。
一人の姉に荷物をまとめさせ程なく身なりの良い年配の男が姉を引き取って行った。
皆泣きながら別れを惜しんだがシエラはあんな老人と姉が結婚するのかと黒髪の姉に怒りながら問うた。
姉たちはみな大笑いをしながらシエラに事の顛末を教えた。
お金持ちの主人に見初められ別れた姉が幸せになったかどうか知るすべはないが幸せになっていますようにとシエラは願った。
シエラは目覚めた。
幼い日の夢を観ていたと気付くのにそう時間はかからなかった。
同時に恐怖が身体を強張らせる。
意識はあるが身動きが上手く取れないが恐怖に抗うために肉体を小さく丸めようとする。
不意に何かがつま先に触れて音を立てる。
シエラは恐怖で混乱する頭で状況を理解しようとするが上手くいかない。
脳がしぼむ様な圧迫感を堪えながら必死に考え始める。
シエラは先ず初めに自分がまだ死んでいない事を確認する。
抱きかかえた身体に痛みが走る。
ごつごつとした岩肌が服越しに伝わり自分が地面に寝ている事を知る。時折どこかに打撲があるらしく痛む。
彼女は自分はまだ生きていると思った。仮に死んだとして痛みがあるなら別の話だがシエラはそんな事を考えたりはしない。
四肢が健在なのを確認したあたりで恐怖心が少しだけ和らいだのか一息大きく息を吸い込んだ。
しばらく呼吸を整えていると暗闇の中にぼんやりと輪郭が見えて来たのが分かった。目の前の岩肌に薄明かりが揺らめいている。
首を後ろにそらすと木製の扉が目に入った。
呼吸を整え身体を指先から少しづつ動きを確認する。
人の気配は感じない。自分の呼吸の音だけが聞こえている。
恐怖で身体が思うように動かないが瞳を閉じて無意識に肩に手を当てる。
黒髪の姉の言葉を思い出す。
「見てな。恐怖は慣れる。押し殺せる。」
そう言いながら大勢の盗賊に怯える私の肩に手を置いた。その震えを思い出した。




