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第二話 帰ってきた幼馴染を励ます女のRPG(3)

 今日の試作品は、香草入りの挽肉団子だ。フローラはフォークに刺したそれを、口をあーんと開けて食べ、目を閉じてじっくり味わう。その間ケインは立ったまま、真剣な顔で彼女をじーっと見ている。フローラはごくんと飲み込んだ後、目を開けた。

「ん~ 美味しいけど、もう少しソースにスパイスが欲しいかな?」

「ぐっ… わかった」

 悔し気に言うケインを、フローラは満足げに見上げた。


 週に一度、食堂でケインの料理を食べて、率直な感想を言う。そうやって励まし続けて、早一年。フローラとケインは十五歳になっていた。フローラは商学院の三年生、ケインは見習い二年目だ。ケインは毎回違う料理を作って持ってくるが、そのバリエーションが最近減ってきたような気がする。

(ここはひとつ、何か新しい提案で励ましてみようかしら)

 そう思っていた頃、アイリスから学院帰りに本屋に行こうと誘われた。今度のテストの参考書を買いたいと言う。

「私、地理が苦手なのよね」

 そう言って参考書の棚を見るアイリスと一緒に本を眺めながら、フローラの足はつい料理本の棚に向かってしまう。目についた、各地方の郷土料理が載っているレシピ本を手に取ってみる。

(あ、これ面白いかも…)

 そう思いながらペラペラめくっていると、急に後ろから声をかけられた。

「何見てるの?」

「えっ? あれ、セドリック?」

 振り返ると、セドリックが肩越しに本を覗き込んでいた。彼は今、最高学年の四年生だ。今年卒業なので、今は卒業事業計画書を作成している頃のはず。資料でも探しに来たのだろうか。

「料理の本? フローラって料理するの?」

「あ、ううん。私はほとんどしないけど。幼馴染が料理人でね、買ってあげようかと思って」

「ふうん…」

 セドリックは小首を傾げてそれを聞いていたが、アイリスが「あ、兄さんじゃない。参考書選んでくれない?」と声をかけてきたので、「またね」と言ってそちらの方に向かっていった。フローラも「じゃあね」と返して、手にしたレシピ本を会計に持っていく。帰りに食堂に寄ってケインに渡すと、彼も興味深そうに見ていたので、満足して家に帰った。


 数日後、図書館でテスト勉強をしていると、セドリックが声をかけてきた。

「フローラ、テスト勉強の調子はどう?」

「うん、まあだいたいひと通りは終わったわ」

「そうか。じゃあいいかな」

「?」

「テストが終わった週の休み、うちの店に来てみない?」

「え?」

 セドリックとは入学した時からの友人だが、実家の店に誘われたのは初めてだ。アイリスにも誘われたことがないのに。フローラは不思議に思って小首を傾げる。セドリックは微笑んで話した。

「実を言うと、卒業事業計画書に行き詰ってるんだ。家業に関わる事業にしたいけど、いい考えが浮かばなくてね。店をみて、フローラの意見を聞かせてくれないか」

「そうなのね…。うん、いいよ」

 頷いたものの、戻っていくセドリックの後ろ姿を見ながら首を傾げた。どうして自分なんだろう。セドリックは男女問わず友人が多い。穏やかだし、城下町の豪商の跡継ぎだし、その上頭も良いときているからだ。周りにいる友達に頼めばいいのに…。商家と言っても、自分の家とは扱う商品が違うし、自分がいい意見を言えるとも思えないのだが。

(アイリスの友達だから、頼みやすかったのかな?)

 とりあえずそういうことにして、テスト勉強を再開した。


 そして、テスト明けの休みの日、フローラはセドリックの実家の店舗に来ていた。開店前なので、客は誰もいない。セドリックが、家具の注文から職人への依頼、販売までの流れを話してくれるのを聴きながら店を見てまわる。店舗は三階まであって、美しい高級家具が貴族の部屋のように並べられている。各階には応接スペースがあり、客はそこでお茶をしながら接客を受けるのだそうだ。普段自分がいる世界と別世界に来た気がして、フローラは感心しきりだった。

 一階まで戻ってくると、応接スペースに案内され、使用人がケーキセットを持ってきてくれた。フローラがニコニコしながらそれを食べていると、セドリックがふわりと笑って尋ねてくる。

「フローラ、一通り見てみてどうだった?」

 フローラもにっこり笑って答える。

「使われてる材料一つ一つの質が良くってすごいわね。うちの店は生活に密着した物の扱いが多いけど、質は吟味してるから大変さはわかるの。そこをもっと宣伝したいよね」

「そうか…」

「? どうかした?」

 セドリックは少し考え込む様子を見せた後、パッと顔を上げて真剣な目でフローラを見つめた。

「知っての通り僕は家業の後を継ぐから、フローラがうちの商いに興味があるなら、婚約を申し込みたいんだ」

「…えっ?」

 思いもしなかったことを言われて固まる。十秒くらい頭が真っ白になっていたが、はっと我に返って、持っていたフォークを皿に置いた。

「ど、どうして私? セドリックって、あの…私のこと、好きだったの? でも、付き合ってた人がいたわよね?」

「あ、彼女とは二か月前に別れたよ。お互い学生の間だけって話にしてたし。フローラはアイリスの親友だし、僕とも相性悪くないと思ってる。好きとかは…正直よくわからないけど、嫌いな人にこんなこと言わないよ。フローラはそういうの気にするの?」

「え、気にしないの?」

「うん。それより、一緒にやっていけるかが大事だと思ってるんだ。ちょっと想像してみて、うちで僕の商い手伝ってる自分を。僕は貴族の男性を、君は奥方を相手にする」

「……」

 セドリックは良い人だ。アイリスと三人で一緒に遊びに行ったことだって何回もあったが、自分は一度も嫌な思いをしたことがない。豪商の跡継ぎで、そこへの嫁入りなんて、親が聞いたら泣いて喜ぶような話だった。フローラも一瞬父親の顔を思い出して、迷う。しかし…。

「んん…。あんまり、向いてない気がするのよね…。貴族との会話って、何でも遠回しに言うんでしょう? 私ほら、何でもそのまま言ってしまう性格だから…難しいと思う……ご、」

 ごめんなさい、と言おうと思って、言いずらくて口を開けたり締めたりしていると、セドリックの方が先に口を開いた。

「…そっか。それもそうだね。そこがフローラのいいところだと僕も思うし。…うん、しょうがないよね、わかった」

「え、いいの?」

 あまりにあっさり諦められて、拍子抜けしてしまう。セドリックはほんの少し眉を下げた後、にこりと笑った。

「うん。だから気にしないで。これからもよろしくね」

「う、うん…」

 戸惑いながらうなずくと、セドリックは自分もケーキを食べて、ちゃんとフローラを家まで送ってくれた。


 次の日、商学院から帰っていると、後ろからアイリスが追いかけてきた。

「フローラ、兄さんから婚約提案されて断ったんですって? 急にごめんね、気にしないでね」

「え⁈ あ、うん…」

 そういうこと、すぐ妹に話しちゃうの⁈ 昨日の今日だよ⁈ フローラは驚いて目を丸くする。

「私の婚約が先に決まったものだから、親が兄さんを急かしてるのよ。あ、フローラのことは気になってたみたいだからね? 誰でもいいってわけじゃないのよ」

「え⁈ アイリス婚約するの⁈」

 フローラにはそちらの方が衝撃だった。思わず立ち止まってアイリスの顔を見つめてしまう。彼女は何でもないようにフローラを見つめ返した。

「うん。するっていうかもうしたの。下級貴族…男爵様の次男の方よ。この間ご挨拶に行ってきたわ。あ、まだ内緒ね。変にやっかまれると困るから」

「貴族…⁈ 店で知り合ったの? 好きなの?」

「男爵様はうちのお得意様だから、次男様にもお会いしたことはあったけど…別に好きとかそういうのではなかったわ。私が嫁入りしたらうちは貴族のツテが増えるし、男爵家も経済的な後ろ盾ができるからね。男爵領には森が多いから、木材も買わせてくれるんですって」

「…アイリスはそれでいいの? 好きな人じゃなくて…。気になる子がいるって言ってなかった?」

 するとアイリスは、フローラから視線を逸らし、少し遠くを見つめながら話した。

「うーん…好きと結婚は別でもいいんじゃないかしら。うちの両親みてるとそう思うのよ。私も貴族の家に入るの、嫌じゃないの。新しい世界が見れるしね」

 そういえば、セドリックとアイリスの両親は、昔はとても仲が良かったのに、次第に仕事以外ではほとんど顔を合わせなくなってしまったと聞いたことがある。一方、自分の両親は今でも休みに二人で出かけるくらいで…。見ているものが違えば、結婚に求めるものも違うのかもしれない。

「そう…。アイリスがいいならいいのよ。おめでとう」

「ふふっ ありがと」

 笑うアイリスを見て、フローラは少し複雑な気持ちで微笑んだ。自分とは違う、いろいろな考え方がある。でも皆、ちゃんと先を考えて進んでいるのだ。


 そうして数か月後、セドリックはきちんと婚約者を決めて卒業していった。隣町の大店の三女で、落ち着いた美人だ。ちゃんと自分に似合った人を選んだのは、さすがだなとフローラは思った。フローラも最終学年になり、同じような目的で何人かに誘われてデートをしたりしたけれど、今いちピンと来ずに、関係が続くことはなかった。


「…お前、この間城下町を男と歩いてただろ」

「え? ああ、うん」

 いつものようにケインの料理を食べながら聞かれ、生返事をする。彼にあげたレシピ本の料理はずいぶん上手に、とても美味しくなっていた。最近はもう注文の付け所があまりなく、フローラにとっては週に一度の、ただのご褒美だ。ケインは珍しくフローラの前に座って、じっと彼女の様子をうかがっていた。

「…付き合ってるのか」

「え? ううん、一回ケーキ食べに行っただけよ」

「…婚約とか、決まってないよな」

「…っ 決まってないわよ! ちょっと、食べてる時に変なこと聞かないで」

 フローラはむせかけて水を飲む。ケインは「悪い」と言って頭をかいた。しばらくして、また口を開く。

「…なあ、勇者様が魔竜を倒したって噂、聞いてるか」

「え? そうなの?」

 最後の一口を食べ終えて、ナプキンで口を拭く。ケインはこれまた珍しく神妙な顔をする。

「客が話してた。魔竜がいなくなったせいか、街道に魔獣がでなくなったらしい。…俺、今度こそ王都に行ってみようと思う」

「え⁈ は⁈」

 フローラは驚いて、ついナプキンを手から離してしまった。ふわりとテーブルの下に落ちたそれを、ケインが拾ってテーブルに置く。そして少し困ったように続けた。

「今度は前とは違う。心配しなくても、急に隠れて行ったりしねえよ。ちゃんと準備して、親父に話し通していくつもりだ。お前にも早めに予定伝えるから」

「……」

 フローラは、少し心配そうにケインを見る。前回のことがどうしても頭に浮かんでしまう。また怪我なんかしたらどうしよう? 止めた方がいい? しかし、ケインはぐっと真剣な顔になってフローラを見つめた。

「…だから、戻ってくるまで婚約はしないでくれ」

「⁈」

 再び驚いて、ケインの顔を見つめる。そこにあるのはいつか見た、熱のこもった眼差しだ。言葉もなくそれに魅入られていると、ケインは、はあ、と息をついた。

「何だお前、俺が諦めたと思ってたのか」

「ふえ⁈ そ…そんなことはないけど! だってあれから何も言われてないし!」

 我に返って慌てて否定する。でもそうだ、仕方ないじゃないか。あれ以来それらしきことを言われておらず、半分忘れていたのだ。するとケインは眉尻を下げて頭に手をやった。

「う、そりゃ悪かった。帰ってきたらちゃんと言うから…」

「……何を?」

「…………」

 するとケインは、次第に顔を赤くして俯いてしまった。つい聞いてしまったフローラも、身体がかあっと熱くなり、顔が火照りだす。

「…とにかく、そういうことだから! 皿は置いとけよ後で片付けるから!」

 ガタンと立ち上がり肩をいからせ厨房へ去っていくケインの後ろ姿を、フローラはぼうっと見送った。ひとりになって、小さくつぶやく。

「…そっか…諦めてなかったんだ」

 フローラの頬が、だんだん緩んでくる。思わず口角が上がり、その顔に微笑みが浮かぶ。

(…嬉しい、な)

 そう。とても嬉しかった。


 次の日。レイアは自室の机で頬杖をつき、考え込んでいた。ケインが王都まで旅すると言うのなら、自分も何か応援したい。できることはないだろうか。

(そうだわ、レイアに相談してみよう)

 そう思って一階に降りたところで、横からすごい勢いでレイアが駆けてきた。

「あ、レイ…」

 声をかけようとして、その蒼白な顔に驚く。レイアは立ち止まらずに勝手口から出て行ってしまった。どうしたのだろう。あんな顔色のレイアは初めて見た。フローラは不安な気持ちで、閉じられた扉を見つめた。


 ***


「カイル、うちと取引の長い旅商人を紹介して! できるだけ早く!」

「ええっ⁈ 今度は何ですかお嬢様⁈」

 レイアは、他に女を作ったという夫を探しに、王都まで行きたいという。その手助けをしてもらえないかという彼女の願いに、応えないわけにはいかない。フローラは、ケインとは反対に心変わりをしたレイアの夫の話を聴き、そしてそのために憔悴した彼女の姿をみて、酷くショックを受けたのだ。そんなレイアが気を持ち直して頼んできたのだから、何としても責任をもって良い旅商人を紹介してあげなくては。鼻息荒いフローラに詰め寄られたカイルは、簡単に事情を聞いて、人柄の良い旅商人のフランク夫妻を紹介した。フローラは直接二人に会って、旅商人の仕事について話を聴いた。ミセス・フランクが、ニコニコと自分たちの仕事について答えてくれる。

「とりあえず荷を運ぶ目的地はあるんですけどね、途中の村に寄って物を売っては、そこ特産の物を買って、また別の場所で売るんです。そうすると、遠くの土地の良さが私たちの手で伝わってね、とても楽しい仕事なんですよ」

 始めはレイアを託して大丈夫か確かめるために聞き始めたフローラは、次第に彼女の話自体に夢中になっていた。

(旅商人って、なんて面白そうな仕事なのかしら…!)

 話を聴き終えてレイアのことを紹介すると、フランク夫妻は快く受け入れてくれた。これで、レイアは旅商人とともに王都へ行くことができる。彼女の少しホッとした表情を見て、フローラも安堵した。その時だった。

(…あっ…!!)

 フローラの頭に、雷のようにひとつのアイデアが落ちてきた。レイアを見送り、階段を駆け上がって自室に飛び込む。ガタンと勢いよく椅子に座ると、机の上に置いていた全く手のついていない卒業事業計画書を猛烈な勢いで書き始めた。夕食の時間になっても降りてこない妹を、マルクが呼びに上がる。

「おい、フローラ。夕食だぞ」

「ごめん、今、卒業事業計画書書いてるから後で食べる」

「お? おお、そうか、頑張れよ」

 今までにない真剣な声が返ってきて、戸惑いながらマルクは降りて行った。フローラはそのまま夕食も食べずに素案を書き上げ、ガタンと立ち上がってバタバタと階段を駆け下りる。母が声をかけてきたのも無視して夜の営業が終わった食堂に駆け込み、ケインを呼び出した。

「私、これやりたいの」

 目の前に突き出された一枚の書類を、ケインは怪訝な顔をしながら受け取る。ザっと読むと、驚いて目を丸くした。

 それは、旅をしながら様々な地方の郷土料理を振る舞う、移動食堂事業の計画書だった。フローラは目を輝かせてケインを誘う。

「ケイン、料理人してよ。あのレシピ本の料理、全部マスターしたわよね? 一緒に王都行こうよ!」

「!!」

 彼は口をぽかんと開けてフローラを見つめた。しばらくして、照れたように苦笑する。

「…お前…すごいこと考えるなあ…」

「感心してないで考えてよ。行くの? 行かないの?」

 するとケインは、ほんの少し目を潤ませて、優しく笑んだ。そのどこか大人っぽい表情に、フローラの心臓がドクンと鳴る。彼は両手を腰に当て、今度は二ッと挑戦的に口端を上げた。

「行くに決まってるだろ。俺以外のやつに行かせるつもりはねえよ。そうだ、まずはお前の親父さんに許可もらいに行かないとな!」

「……!!」


 ケインが凄くやる気になっている。

 やっと見つけた私のやりたいことで、ケインが元気になっている。

 ―嬉しい!


「うん!」


 フローラは、満面の笑みで頷いた。


第二話もあと一回で終わる…かな?

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