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第二話 帰ってきた幼馴染を励ます女のRPG(2)

 毎日、毎日、今日は行くか行かないか考える。考えた末、結局いつも行くことを選ぶ。

「ケイン、いる?」

「……」

 返事が最初から来ることはない。でもそんなことでめげはしない。

「具合、どう?」

 すると開かない扉の向こうから、苛立たし気な声が飛ぶ。

「来るなって言っただろ!」

「言われたけど、それが何よ。来たいから来てるの!」

 あとは何を言っても沈黙だ。フローラは「また来るから!」と言って家に帰る。これをもう二週間続けているが、扉が開いたことはない。フローラがため息をつきながら家の階段を上がっていると、上からマルクが降りてきた。

「フローラ、お帰り。なんだ? そんな疲れた顔して」

「兄さん、ちょっと相談乗ってえ~…」

「ん?」

 珍しいなと眉を上げたマルクは、久しぶりに自室へフローラを招いてくれた。紺色を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋で、フローラはベッドに腰かけて話し、マルクはそれを椅子に座って聞いている。さすがに勇者のことや告白めいたことを言われたのは隠して、前日にケインの無茶を聞いていたことを話した。そして帰ってきて以来、何度見舞いに行っても会ってくれないことを。するとマルクは「ああ~…」と苦笑して頬杖をついた。

「フローラ、それはしばらくそっとしといてやれよ」

「どうして?」

「だってお前、幼馴染の女の子に大きいこと言って出て行って、かっこ悪い失敗して帰ってきたんだろう? 男としては何も聞かれたくないし見られたくない。せめて自分の中で折り合いつけるまではな」

「そんなもの?」

「そんなものだよ…」

 男心のわからない妹に呆れて返すと、フローラは口を尖らせて反論した。

「でも、ケインは放っとくとますます落ち込むんだもん。前も、テストで満点取るって言って赤点とったらしばらく口きかなくて、放っといたら学校来なくなったのよ。それで部屋に押しかけて一緒に遊んでたら、また来るようになったから」

「おお、さすが幼馴染だな~。やっぱり付き合ってたんだろ?」

「違うわよ!」

反射的に否定する妹に苦笑した後、マルクは真面目な顔でフローラを諭した。

「…まあ、毎日はやめておいたほうがいい。追い詰めるからな。時々にしておけよ」

「…うん」

 それから、ケインの部屋に行くのは一週間に一回にした。相変わらず扉は開かないが、返ってくる声が少し、柔らかくなった気がした。


 ***


「おばさん、ケインどう?」

 ケインが帰ってきて四ヶ月経った頃、サリーに尋ねると、彼女は少し眉尻を下げて答えた。

「そうねえ、部屋からは出るようになったよ。でもまだフローラちゃんに会うのは照れくさいみたいで…。ごめんねえ」

「ううん。怪我はどう?」

「まだけっこう痛むみたいだね。お医者様からもらったお薬は飲んでいるんだけど、なかなかね」

「そう…」

(薬が効かないのね…何とかならないのかな)

 商学院が休みの日、店番をしながら考えていると、客の一人が声をかけてきた。

「すみません、こちらによく眠れる匂い袋があると聞いたんですが」

「あ、はい、こちらにありますよ。良かったですね、おととい入荷したばかりです」

 フローラは匂い袋のある棚に客を案内したあと、ふと考えた。この匂い袋はどこから仕入れているんだろう。医者が出すような薬は競合するので置いていないが、薬の原料になる薬草を使った匂い袋や保湿軟膏は置いている。効きが良くて仕入れるとすぐ売れるんだけれど、大量には仕入れができないんだと聞いたことがある。薬草を使っているなら、痛みに効く何かもないだろうか。そう思い、仕入れ担当で古くからの使用人、カイルに仕入れ元について聞いてみた。

「ああ、あれはですね、薬師が一人で作ってるので、たくさんは卸せないんですよ」

「薬師が作ってるの?」

 なら、痛み止めも作れるかもしれない。

「カイル、その薬師のとこ連れて行って!」

「ええ⁈」

 カイルは旦那様の許可がないと、と言って慌てて父に話に行った。父はしばらく悩んでいたが、カイルがついていくならと言って許可を出したらしい。次の日、魔獣が出ない日中に、馬車に乗って薬師のところへ向かう。町はずれの森の奥に住んでいるらしく、絶対に一人で行ってはいけないと道中カイルから念を押された。

「ふうん。結構危険なところなのね」

「旦那様がよく許可を出されたと思いますよ。でもあそこの薬師は慎重で、取引先をごく少数に絞ってますから、今後のために店との縁を少しでも増やしたかったのかもしれませんね」

 そう言っている間に森の奥の小屋に着く。マルクがノックして声をかけると、小屋の扉がギギッと鳴って少しだけ開いた。その隙間から、黒いフード付きのマントをつけた人が少しだけ顔を出す。

「…なんだい。今月の分は終わったはずだろ」

 声からすると、女の人? なのだろうか。

「はい、ありがとうございます。今日はうちのお嬢様がどうしてもお話をしたいと…」

「はあ?」

フローラはずいっと前に出て、薬師をまっすぐに見上げた。

「初めまして、フローラといいます。突然すみません。あなたに痛み止めのご相談をしたくてきました」

「……」

 薬師はフローラをじっと見下ろした後、マルクに外で待つようにと言って、フローラだけを中に入れてくれた。

 薬師の小屋の中は、至る所にたくさんの植物が吊るされていて、なんだかとても安心する匂いがした。物珍しそうに見回していると、薬師は窓際にある小さなテーブルと椅子にフローラを呼んだ。

「…それで? 誰のどんな症状に対する痛み止めなのか、できるだけ詳しく話しな」

「はい。相手は十三歳の男の子で、四か月前に右腕を骨折しました。お医者さんに痛み止めもらって飲んでいるらしいんですけど、あまり効かないみたいで」

「ふうん。今飲んでる薬はどんな形でどんな色だい」

「えっと、それはみたことなくて…」

「はあ?」

「だって会ってもらえないので…」

「そんな奴のために、なんであんたが薬を買いに来るんだい」

 そういう流れで、フローラは薬師に今までのことを話した。相手が女の人ということもあって、兄には話せなかったこと―ケインが自分の父親に認めてもらうために無茶したことまで、つい話してしまった。

「私のために行ったのに怪我して落ち込んじゃったから…何だか悪い気がして」

「勝手にでてって勝手に凹んでるんだから、ひとかけらだってあんたのせいじゃないだろ、バカバカしい。…それで? あんたお代は払えるのかい。うちは即金で払ってもらうよ」

「え? は、はい。お小遣い貯めてたの持ってきたので、たぶん払えます」

 ふん、と薬師は鼻を鳴らして、小一時間馬車で待っているようにフローラに言った。一時間後、馬車に声がかかって扉を開けると、薬師が小さな軟膏を持っていた。

「一日一回、痛むところに薄く塗るように言いな。飲み薬とかち合わないように作ってるから医者には言わなくていい。どこで手に入れたかは誰にも言わないこと。次はあんたじゃなくて、店の注文分と一緒にそこの使用人に取りに来させるように。わかった?」

「はい!」

 代金は結構な額で、持ってきたお金の三分の一がなくなってしまったが、フローラはとても嬉しかった。さっそくケインの家に行き、サリーに手渡して説明をする。声をかけるのは一週間に一度と決めていたので、前回から一週間後に行ってみた。

「ケイン、来たよ。こないだの薬どうだった?」

 相変わらず返事はない。仕方がないのでまた最近の自分の話でもしようかと思ったら、中から声が聴こえた。

「薬、効いた。…助かった」

「!」

 フローラの顔がぱあっと輝く。

「良かった! なくなったら言ってね、また買ってくる! じゃあね!」

「え、買ってくるっておい、金は…」

 フローラは嬉しくて、ケインの言葉も聞かずにパッと階段を降りていく。ケインは足音でフローラが帰ったことを判断すると、外に出た彼女を窓から見送って、ハア、とため息をついた。

「…これじゃ、ますます対等になれねえじゃん」

 包帯で吊るされている自分の右腕をみて、天井を仰ぐ。本当は、自分だって早くフローラの顔を見たい。でも、彼女に相応しい男になりたくて出て行ったのに、何もできなかった上に周りに迷惑をかけ、修行まで遅れることになってしまった。しかもフローラに慰められ、励まされ、してもらってばかりで、かっこ悪いことこの上ない。扉を開けるきっかけも、勇気も得られない。でも、そんな自分を見放さずに来てくれている彼女を拒否してばかりで困らせるのも、もう嫌だった。


 その日以降、ケインは扉を挟んで数分、フローラと会話をするようになった。


 ***


 ケインが帰ってきて、半年が過ぎた。サリーから、ようやく右腕を吊っていた包帯が取れたといわれたフローラは、部屋の前で「包帯とれたんだから、しっかりしなさいよ!」と喝を入れた。すると中から「わかってるよ、お前こそ商学院どうなんだよ」と意外な声が返ってきた。

「え? 私? うーん、授業は楽しいけど、苦手なのもあるよ。特に新しい商売の企画をする授業とか」

「へえ…お前にも苦手な勉強とかあるのか」

「当たり前でしょ!」

 そんな気楽な会話もできるようになってきたのに、まだ扉は開けてくれない。

(そろそろ開けてくれてもいいのになあ…)

 そんなことを思いながら家に帰ると、階段で父とすれ違った。父は口をへの字にして声をかけてくる。

「なんだフローラ。そのムッとした顔は。何かあったのか?」

「え、私そんな顔してた? 別に何にもないけど…」

「…お前、ケインのところにはまだ行ってるのか」

「行ってるけど…」

「森の薬師のところにいったのも、ケインのためか」

「う、まあ…そうだけど。でもあの薬師さんと知り合えたのは良かったわ。ありがとうお父さん」

 娘の笑顔に緩みそうな口をぐぐっと締めて、父は腕を組む。

「そ、そうか。だがもういい加減、ケインのことは放っておけ。お前がこれだけしてやって、まだ顔も出さないそうじゃないか。そんな情けないやつは大成しない。子どもの時ならいいが、お前はもう少しで婿探しも始める年なんだぞ。なんでそんなやつにまだ構ってやってるんだ」

「そんな…」

「商学院だってもうすぐ二年生で、そしたらすぐに中間考査だろう。勉強に専念しなさい」

「週に一回隣に行くくらいたいしたことないもん。勉強はちゃんとしてるんだから!」

 一階に降りていく父の背中へそう言い返す。しかし。

(でもほんと、何で私、ここまでケインに構ってるんだろう…?)

 そんな思いがふと、頭をよぎった。


 ***


 そうして、ケインが帰ってから一年が経ち。フローラは十四歳、商学院の二年生になった。四年制の商学院では、二年生で中間考査が行われる。その準備期間が近づいてきたころ、夕食の席で思いがけない話を聞いた。

「え、レイアが戻ってくるの?」

 フローラが目を丸くして父を見ると、父は口角を上げて頷いた。

「ああ。夫が長期遠征任務に出てしまって、生活が苦しいらしい」

 隣で母も笑って言った。

「私もマルクの結婚準備で忙しくなるからね。少し手伝いが必要なの。今度は店番もしてもらうつもりだから、フローラ、少し教えてあげて」

「任せて! えー、嬉しいな」

 レイアは自分が十歳頃まで、二~三年働いてくれていた女性だ。年の離れたお姉さんという感じで親しみやすく、彼女が品出しをしている周りで遊んだり、休憩時間におしゃべりをしたり、楽しい思い出しかない。

(そうだ、ケインのことも相談してみようかな?)

 そう思ったフローラは、レイアが出勤するようになってから、彼女と話すタイミングを狙っていた。

 今日は商学院が休みの午前中、外は本降りの雨。客もまだ来ていない。今だと思って、声をかける。

「レイア、今ちょっといい?」

「あら、フローラ様。いいですよお客さんもいないし」

「また様なんてつけて。フローラで良いって言ってるのに」

「うーん、そうしようと思ったんですけど、さすがにフローラ様も、少し大人になったしね」

 苦笑する彼女の隣に椅子を持ってきて、二人で番台に並ぶ。降りしきる雨をみながら、フローラは今までのケインとのことを話した。やはりレイアが相手だと、他の人のときより素直に話せる気がする。

「ケイン、一年たってだいぶ話してくれるようになったけど、まだ会ってはくれないのよね。ほんと強情なんだから…」

「そうねえ…。何かきっかけがあるといいんですけどね」

「お父さんにはもう構うなって言われるの。私も、何でここまで構ってるんだろうって時々思うのよね」

「ふふ。じゃあフローラ様は何でだと思います?」

 フローラは、優しい微笑を浮かべたレイアを見上げ、両手で頬杖をついて考える。

「うーん…やっぱり、自分のためにしてくれたのにっていうのが大きいのかな…。だって、嬉しかったから。それで落ち込んでダメになって欲しくないなって…。止めればよかったって後悔してるのも、あるんだけど。…それに、小さい頃から毎日会ってて、商学院に入っても週に一度はご飯食べに行ってたし…顔見ないのも、ケインの料理の味見できないのも、何だか寂しくて。話できるだけ、今はましだけど」

「それ、ケイン君に言ってあげたことあった?」

「ううん、ない。だって扉越しじゃ言いにくいし」

「そう…。じゃあ手紙で伝えたらどうかしら」

「手紙?」

「何であれ、気持ちは伝えられるときに伝えておいた方がいいと思うわ」

 そう言った彼女の横顔が、何だかとても寂しそうで、胸に迫る。

(旦那さんは長期遠征任務中なんだっけ…。会えないの、寂しいよね)

きっと遠征先は、手紙さえ届かないところなんだろう。私はすぐ近くで届けられるんだから、がんばらなくちゃ。そう思った。


 数日後。フローラはさっそく手紙を書いて、ケインのところに行ってみた。彼に手紙を書くのはいつぶりだろう。そうだ。昔、ケインが風邪をひいて学校を休んだときに書いて以来だ。いつもと違うことをするのは、何となく緊張する。フローラは少しどきどきしながら、扉に向かって声をかけた。

「ケイン、いる? あのね、ちょっと読んで欲しいものあるから、扉の下から入れるね」

「? おう」

 扉と床の隙間からスッと差し入れられた封筒を、ケインは拾い上げる。そういえば、昔風邪ひいた時ももらったなと思いながら、便箋を開いて読み始めた。


『ケインへ


 一年前、ケインから勇者様についていくって話聴いた時、無茶するなあって思った。けど、うちのお父さんに認めてもらえるかもっていう理由聞いて、嬉しかった。今は、ケガするくらいなら止めてあげればよかったとも思ってる。でも、ケインの料理食べられないの、結構寂しいから、早く良くなってよね


 フローラ』


 扉の向こうは静かだ。多分今読んでいるんだろう。どう思ったかな。フローラは沈黙に耐えられず、身体がそわそわしてきた。

(うわ、なんか急に照れくさくなってきちゃった。これ以上待つの無理!)

「きょ、今日はもう帰るね!」

 そう言って身を翻した途端、扉がバタンと開いた。びっくりして振り返ると、そこにはケインが真剣な顔をして立っていた。短めだった赤毛の髪は襟足より長く、琥珀の瞳は少し鋭くなって、何だか一年前よりずいぶん大人びていた。

「お前、あれ、嬉しかったのか」

「う、うん…」

 ケインの様子に少しどぎまぎしながらうなずくと、彼はついと視線をそらしてふうっと息をついた。

「…そっか。わかった。ならいい」

「え? 何が良いのよ」

 フローラがずいっと近づいて見上げると、ケインは慌ててあとずさった。

「うるさいな、行った意味があったと思ったんだよ!」

 彼の顔が少し赤いのは、気のせいだろうか。でも、意味があったと思えたのなら良かったかも? フローラも少し安堵して身体を元に戻す。するとケインも力を抜いて、気まずそうに頭に手をやった。

「…あと、今までのこと、悪かった。来てくれてありがとな」

「…うん…」

 この一年を振り返って、何だかじーんと来てしまう。胸にこみ上げる気持ちを懸命に抑えていると、ケインは自分の右腕をみて、再び真剣な顔でフローラを振り返った。

「こんな怪我大したことない。部屋でもちゃんと動かしてた。すぐ包丁握れるようになるから、また味見しにこいよ。…お前も商学院、がんばれ」

 フローラの顔が、喜びにぱあっと輝く。

「…うん、わかった!」

 満面の笑みで応えると、ケインは少し困った顔で、頭をかいた。


 その日を契機に、ケインは食堂の下働きからやり直しはじめた。遅れた分を取り戻そうと、懸命に頑張っているようだ。


(よし、これからはどうやって励ましていこうかな!!)


 フローラは再び、張り切って考えを巡らせはじめたのだった。

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