第三話 だいたい全てを諦めている女のRPG(4・終)
目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
(…あたし、いつの間に帰ってきたんだ…?)
マーシャはぼんやりとした頭で記憶を辿る。確か森に入って、狼と熊に襲われて…。ああ、あの時あたし、死ななかったのか。クリフは無事だろうけど、あの子はどうなったんだろう。というか、ここまでどうやって… クリフに小屋の場所、教えた覚えはないんだけど…
ぼうっとした頭で色々考えていたら、だんだん意識がはっきりしてきた。身を起こそうと力を入れた瞬間、左肩に激痛が走った。
「痛…っ!」
思わず声を上げると、バタバタと走ってくる足音が聞こえた。
「マーシャ! 気がついたか」
「クリフ…」
マーシャの顔を覗き込むクリフは、心底安堵しているようだった。しかし彼女が再び痛みで顔を歪めると、眉尻を下げて困った顔をする。
「傷薬は前にもらって分かったから塗ったんだが、痛み止めはわからなかったんだ。リュックの中にあるか? 教えてくれ」
…応急処置してくれたのか。まあ、傭兵だから傷の手当てはできるだろう。身体を見られたのは…仕方ない。しかし、どう思っただろうか…。
(そんなこと気にしてる場合じゃないだろ… 十代や二十代のお嬢ちゃんじゃあるまいし)
マーシャは自分の思考に呆れながら口を開く。
「青い丸薬が…小さい布袋にあっただろ…それを三粒…」
「わかった。熱もあるんだが、熱さましはどれだ?」
「緑の丸薬…二粒…」
クリフは言われた通りにリュックからそれを出すと、マーシャの首を支えて飲むのを手伝った。彼女が薬を飲み込むと、ゆっくり頭を枕に降ろす。
「いろいろ気になるだろうが、まずは薬が効くまで寝とけ。あとでちゃんと話すから」
「…あの子は…」
「ああ、あいつも無事だ。どこへでも行けって言ったんだが、動かないから、とりあえず外に放置してる。水と食料はやってるから心配するな」
「…わかった…すまないね…」
そう言って、マーシャは再び眠りについた。
再び目が覚めたのは、どうやら夜だった。暗いが、傍の椅子にクリフが座っているのがわかった。熱さましと痛み止めが効いたようで、身じろぎをすることができるようになっている。さっきは痛んでいた左腕を動かしていると、横から穏やかな声が聴こえた。
「おう、起きたのか。気分はどうだ?」
「だいぶ楽になったよ。痛みも引いた。水をくれるかい?」
クリフはサイドテーブルに置いてあったランプをつけて、置いてあった水を飲むのを手伝ってくれた。一口飲むと、ふう、と息をついて頭を降ろす。
「…で、あれから何があったんだい? 何日経った?」
「聞くのは朝でいいんじゃないか? もう少し寝ろよ」
「気になって眠れないよ。どうやってあたしの小屋まで?」
「はあ、相変わらずせっかちだな…。あれからまだ二日だ。あんたが気を失った後、すぐに白いでかい狼が現れたんだ」
「…ククリが?」
「ククリっていうのか、あの狼」
クリフは、その時のことを思い出して話し出した。
白狼ーククリが現れてひと声吠えると、手負いの熊や他の黒狼は、慌ててその場を去っていった。ククリはクウンと声を出し、ペタンと地面に伏せる。マーシャをじーっと見ていたので、「マーシャのことを知っているのか?」と声をかけると、尻尾をぶんぶんと振った。言葉を理解しているものと判断し、「マーシャが怪我をして気を失ってる。お前、マーシャの家を知ってるか?」と尋ねてみる。するとククリは立ち上がって、マーシャの近くまで来た。そして再び伏せて、クリフを見る。「…乗れってことか?」と聞くと再び尻尾を振ったので、マーシャをそっと抱き上げてククリの上に乗せた。自分もその後ろに乗って彼女を抱き込む。すると、呆然と座りこんでいた少年が、「お、俺も乗せてくれ!」と声を上げた。クリフは、お前のせいでマーシャが、と怒鳴りつけたいのを噛み殺す。置いていっても構わないが、それではマーシャが目覚めた時に怒るだろう。そう思い、「乗れ」とだけ言った。
少年が狼の後ろの方にしがみつくと、ククリは立ち上がり、スッと走り出した。道なき道を何にもぶつからずぐんぐん進んで行って、ある時、静かにスッと止まった。クリフが顔を上げると、そこには森が急に開けた場所があり、その敷地の真ん中に、この前泊った猟師小屋のような小屋があった。
「ここがマーシャの家か?」と尋ねると、ククリはそれに答えるように、ぽてぽてと小屋の前まで歩いていって、ペタンと伏せた。
「そうか。ククリが連れてきてくれたんだね…」
「家の鍵はあの坊主が針金で開けちまった。すまないな」
「ふふ、そうかい。役に立ったじゃないか」
「いや、そもそもな… まあいい。これで納得しただろ。寝な」
「……」
マーシャは横になったまま、クリフの顔を見上げた。意識を失った時は、これで死んだかと思ったから、今こうして彼の顔をみていると、再び会えた喜びが込み上げてきて、改めて思う。
(これが、惚れるってことなのかね…)
この歳になって、こんなふうになろうとは思わなかった。クリフに一夜を拒否されたのが思った以上にショックだったらしく、普通に振る舞うのに予想外の苦労をした。酒を飲んで気が緩んだら、詮無い恨み言を言いそうで、とても飲めやしなかった。
クリフが自分を守るのは、護衛だからだ。気遣いだって、依頼人に対するもの。人柄が良いとはいえ、仕事外なら違った行動をとるだろう。だというのに…。自分は男にこうまで誠実に守られた経験がないから、絆されたのだ。早く依頼を終わらせて諦めようとギルドへ急いでいたのに、こんなことになってしまった。
自分を守れず怪我させたことに、クリフは責任を感じているだろう。だから仕事の延長で、こうして自分の世話をする。だが、自分は長く一緒にいるほど、この想いにはまり込んでしまうだろう。これまで話を聴いてきた女たちのように。
(どこかで、ケリをつけないとね…)
とにかく、今は回復をするしかない。ある程度良くならないと、クリフも出ていけないだろう。そう思い、「…寝るよ」と言って、目を閉じた。
数日寝たり起きたりを繰り返していたら、上半身を起こせるようになった。自分の作った薬の効果に、少し驚くくらいだ。そんな中、クリフが少年をベッドの傍に連れてきた。マーシャにどうしても聞きたいことがあると言ってきかないので、クリフが横で見張る条件で連れてきたという。名前はカイというらしい。カイは、ベッドに上半身を起こして枕に背をもたせているマーシャに、切羽詰まった表情で聞いてきた。
「何で、俺なんかを助けたんだ?」
「……」
もちろん、こんな年増よりは子どもが生き残る方が良いに決まってる。身体は勝手に動いた。だけど、それだけじゃない。クリフのことで、少しヤケ気味になっていたのも確かだった。もうこの際、どうなっても構わない。それくらいなら子どもをかばって死ぬ方が、と…。まあそんなことは、この子に関係ないけれど。
マーシャは口角を上げてカイに答える。
「自分のためだよ。たいした人生じゃないけど、死ぬ理由くらいはましなものにしたいと思っちゃったのさ、きっとね」
「…俺なんかより、あんたが生きてた方が…」
カイはそう言って俯いてしまう。マーシャは、この子はきっと、生きている理由が欲しいんだろうなと思った。でも、それはあたしがあげられるものじゃない。今言えることを、正直に言うだけだ。
「先の時間が長いってだけで、子どもには価値があるんだよ。あんたを助けたのは、あたしの勝手。これから何をしようが、あんたの人生だ、好きにしな」
そう言うと、カイは顔を上げて何かを言おうとし、言えないまま悔しそうな顔をして、小屋の外へ走って行った。それを見送って、マーシャはふう、と息をつく。複雑な顔をして見守っていたクリフに「疲れたから少し寝るよ」と言って、横になった。
次の日。マーシャはクリフに支えてもらい、立ち上がってみた。木にぶつけたのか、足に痛みがあって十分に歩けないが、家の中なら何とかなりそうだ。まだ無理はできないので、ベッドの端に座り、サイドテーブルの上で、集めてきた材料を使った秘薬を調合する。傍で手伝いをしていたクリフは、ずっと黙って、何ともいえない表情でマーシャを見つめていた。
そうして秘薬が完成した、次の日の朝。
「依頼人マーシャから、カルテヒア領、傭兵ギルドの受付、アルテへ。 依頼人から傭兵クリフへの依頼は無事に終了。評価はS。期待以上の護衛だった。事情があって依頼人は報告に行けないけど、クリフのせいではないから、よろしく」
通信用魔術具に声を吹き込んで、パキンと割る。ベッドの傍に座っていたクリフの顔をみて、口角を上げる。
「…これで、あんたへの依頼は終了だよ。あんたは良くやってくれた。感謝してる。この革袋の残りの金貨、全部持って行っていい。足りなかったらギルドに申請しておくれ。この秘薬で成功報酬が入ったら、預けておくから」
クリフは、ベッドに身を起こしたマーシャの顔をじっと見つめて、口を開く。
「…依頼は終了だな。わかった。だが、怪我は治ってないだろ。しばらくここに居させてくれ」
「責任なんか感じる必要ないよ。あたしが勝手に飛び出したんだから。死ぬような怪我でもないし、たとえ死んだって諦めはつく。同情はいらないよ」
きっぱりと告げるマーシャに、クリフは腕を組んで目を閉じた。しばらく黙って考え、目を開く。
「…誤解のないよう、言っておく」
両手を膝につき、真剣な顔でマーシャを見つめた。
「あんたが元気になったら、抱きたいと思ってる」
「……は?」
マーシャはぽかんとした。あの夜、断ったことに罪悪感でも感じてるんだろうか。そんな必要は微塵もないのに。
「あの夜のことは…」
「違う、そうじゃない」
「? じゃあ何で…」
「何でって、惚れたからに決まってるだろ」
「……⁈」
マーシャは驚いて目を見開く。そんな可能性、考えたこともなかった。クリフがあたしに惚れる? 何で? 絶句している彼女に、クリフは続ける。
「俺はな、若い時分に依頼にかまけて家に帰らず、妻子に逃げられた情けない男だ。一つ所に居られない俺が悪いんだから、自分は一生独り身で、依頼の途中で死ぬのが似合いだと思ってやってきた。けどな、この歳になって、あんたと過ごして、それで終わるのは嫌だと思うようになった。あんたの護衛は楽しかったよ。仕事以上に。依頼がなくても、残りの人生、あんたを守って生きていきたい」
熱のこもった灰の瞳が、マーシャの薄い青の瞳を捕らえて離さない。
「諦めないで、生きてみないか、俺と」
「………」
呆然としていたマーシャは、彼の言葉を聴いているうちに、だんだんと実感が湧いてきた。
(この男、本気なんだ)
身体がかあっと熱くなる。恥ずかしくてクリフの顔をみていられず、ズルズルとベッドに仰向けになってしまう。目に涙が滲んできて、マーシャは両の手の平で目を覆った。
「…長く待たされるのは、嫌だよ」
「わかった。これからは近場の依頼だけにする」
「…都合よく使われるのも、嫌だ」
「…よくわからんが、あんたが嫌がることはしない」
「もう、子ども産める歳じゃないからね」
「わかってるよ」
しばしの沈黙。そのあと、ほんの少し泣きそうな声が聴こえてくる。
「…この小屋は狭いから、あんたの寝るとこ、ないんだけど」
「まだ一緒じゃダメか。じゃあ、敷地内に小屋建てていいか」
「…好きにしな…」
最後の方は、消え入りそうな声だった。受け入れられたクリフは、ほうっと息をついて、肩の力を抜いた。改めて、マーシャを見つめて声をかける。
「なあ。顔、みせてくれよ」
マーシャはそろそろと手を離す。その顔は真っ赤で、今までになく情けない表情をしていた。それがあまりに可愛らしくて、クリフは思わずははっと笑う。目を細め、愛おしそうに呼びかけた。
「よろしくな、マーシャ」
差し出された手に、マーシャは最初に握手を求められた時のことを思い出した。あの時感じたものが何か、今この瞬間、わかった。
ああ、そうか。あたしはこうやって、愛する人と手を繋いでみたかったのか。
そっと手を差し出して、彼の手を握る。ゆっくり握り返してくれたその手が、とても愛しかった。
***
「ええ? あの子、まだここにいるのかい?」
クリフが作ったシチューをベッドで食べていたマーシャは、驚いて彼を振り返る。
「ああ。あいつ、相変わらず小屋の前に座り込んで動かなかったんだが…。ククリがあいつのところに子どもの白狼連れてきて、そいつと仲良く遊んでるんだ」
「ククリが⁈」
クリフに支えられて小屋の外に出てみると、確かに薬草畑の近くで、カイと白い子狼がじゃれあって遊んでいる。それを見守っていたククリがマーシャに気づき、嬉しそうに寄ってきた。頭を撫でてやると、上機嫌で尻尾を振っている。
「あんた、もう子どもいたんだねえ。あたしに子どもがいなかったから、連れてこられなかったのかい? 悪いことしたね」
そう話しかけて、再びカイと子狼の方を振り返る。しかし、ということは、カイはククリにマーシャの子だと認められてしまったようなもので。
「しょうがないねえ…」
マーシャはふう、と息をついて、クリフと顔を見合わせた。
マーシャはクリフに頼んで、野営用のテントを薬草畑の傍に立ててもらった。カイには、薬草畑の世話をするなら、しばらくこのテントで暮らしてもいいと話をした。カイは目を輝かせて、一生懸命何度も頷いていた。
数日後。
マーシャは窓際のテーブルで、香草茶を飲んでいた。窓の外に目を向けると、カイが畑で薬草に水をやっている。その向こうでは、クリフが自分の小屋を建て始めていた。彼は口の堅い大工を一人探してきて、たった二人で作業している。それなのに、もう骨組みはできあがって、今は外壁の丸太を積んでいる段階だ。なんというか、慎重なくせにいざ動き始めたら行動が早くて、驚いてしまう。夜は看病と防犯のためと言って、マーシャのベッドの傍で床に鹿の皮を敷いて寝ている。彼はカイが盗みをするんじゃないかと、まだ少し疑っているようだ。でも時々、お互い警戒しながらも、会話をしている様子が見られるようになってきた。
「…なんだか、旦那と子どもがいっぺんにできたみたいだよ」
だいたい全てを諦めて生きていたのに。
もう何かが変わることはないと思っていたのに。
マーシャはふっと微笑み、頬杖をついてつぶやいた。
「人生ってのは、何が起こるかわからないねえ…」
第三話・終
書けた~。でも投稿した後でだいぶ修正しちゃってます。すみません。
あとはエピローグと、活動報告で振り返りと今後の方針を書いてみる。
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