物忘れがひどい私の先輩と飽き性で怠惰なぼくの後輩
文芸部の部室に部員二人……彼らは何を思いどう過ごしているのか。そんな青春の1コマを切り取って描いた作品です
やはり、紅茶はレモンティーに限る。
そう、毎日思っていることをやはり今日も思いながら、ぼくは読書の手を進める。
「また、レモンティー」
その一言がぼくを知識の渦から惨めな学生生活へと引き戻す。
声をかけてきたのはおそらく、いや確定的に彼女だろう。
ここ、文芸部部室にいるのはぼくと、後輩の彼女だけだからな。
「舌触りのよくすっきりとした味わいの中の甘さ……これに何か不満でも?」
「いえ、飽きないんですね?毎日飲んでて」
「君は飽き性なんだな。今の状態を見てよくわかるよ」
そう、ぼくの視線の席にあるのは氷の嬢と呼ばれるクールな言動と行動で知られる後輩なのだが、今の行動は怠惰の一語。
部室にあるソファーにぼくがいるにもかかわらず、寝っ転がり、今にもㇲカードが捲れそうだ。
いや、別にそんなこと考えてないが?
偶然起こっている可能性の話をしているだけだが?
まあ、何はともあれ、彼女の行動は日常の彼女からは想像できないものであった。
「まあ、そうでもないですけどね?しっかり本は最後まで読みますし、勉強も大問の途中で投げ出したりしませんし……」
「そうか……まあ、普通だな」
「先輩こそ飽き性というか、物忘れひどいですよね?」
そう、私の先輩は、普段はちょっと目が鋭くて強面な一面があるが、この部室だと、椅子にしっかりとしたきれいな姿勢で座り、レモンティーを優雅に飲んでいる。
たまに日本持ってきた日なんかは、私に一本くれるけど、コップが二つ同じのだから間違って私の飲んじゃったりする。
いや、別に間接キスしてる~とか思ってないし、喜んでもないし。
すでに起こってしまった先輩のおっちょこちょいな一面を晒してるだけだし……。
まあ、何はともあれ、ここでの先輩は普段の先輩とは想像できないものだった。
「……?そうか?しっかり提出物は出すし、制服のボタンだって留めてるけどな?」
「いや、常識ですよ?それ」
「あ、そういえば提出物で思い出したんだが、今年度の文芸誌提出作品書いたか?」
「あ~、いや、まだですね。少々悩んでるところがありまして……見てもらってもいいですか?USBメモリはありますので……」
「ん~、じゃあ、パソコン立ち上げて」
「動くの面倒です~、先輩は~、後輩の面倒見るものじゃないんですか~?」
——私はここで、猛烈に自分の行いを悔いた。
さすがにいくら何でもこれはきついんじゃないの?
かわい子ぶってるとか、甘えてるとかの次元じゃなくて、これはもうキモイの分類じゃない?
あ~、やっちゃったかな~。
私は聞こえないように極力浅めに抑えてため息を吐く。
——ぼくはここで視線を逸らした。
……え?こんな事されることあったか?
いや、何かやらかしたか?
パシリにしたいのか、単純に先輩という名目上のたかが一歳しか年の変わらないことを利用しているだけなのか?
どちらにしろ、何かあったに違いない。
ぼくはここで、冗談めかしく言った。
「こういう時だけ先輩って言葉を使うな」
「あ~、ダメですかね?」
「まあ、今回だけな」
……いいの⁉
私は、先輩のあまりやさしさに顔を向けることができなかった。
ぼくは、椅子から立ってパソコンをとり、ぼくの座っていた椅子の前の机にパソコンを置いて電源を起動させた。
「パスワードはぼくの使っていいか?」
「ええ、いいですよ」
「じゃあ、見せてもらおうかな?」
私はやっとここで重い腰を上げてソファーから起き上がる。
別にソファーに寝てたのは偶然パンツ見られるかもな~とか思ってやってない、断じてない。
そして私はパソコンにUSBメモリを刺して、ワードを開き先輩に私の作品を見せる。
「ここ~、なんですけど……こんな言い回しでいいですかね?」
「あ~、全体見てからの判断でいい?」
「え、あ、いや、それはなんて言うか、恥ずかしいっていうか、あれですね」
「ん~、そっか、じゃあ、このページだけ読んでいい?」
「まあ、それくらいなら……」
そう言ってぼくは、椅子に座りなおし、映し出されているワードの一ページをまじまじと見た。
「それで、どこの一文だっけ?気になってたの」
「ここ、ですね」
——そう言って彼女がぼくの後ろから体を前に突き出しワードの一文を指さすとき、ぼくの背中に何かが当たった。
そして、間髪入れずぼくはそれが何であるか理解する。
いやいや、今の衝撃強すぎてどこの一文刺したのかもう忘れたんですけど……。
いや、別にそういうこと考えすぎてるとかそういうわけじゃなくて、偶然たまたまそういうことになったら考えちゃうでしょ、さすがに……。
……わざと当ててる……いや、そんなことないでしょ、さすがに。
——私は指をさすために体を前に出す。
もう一歩前に出れば当たるんじゃないのか?
そう思った時にはすでに体が前に出ていた。
いやいや、わざと当ててるわけないじゃないですか。
これは偶然たまたまもっとわかりやすく指をさすために先輩に近づいただけですから、わざととかじゃないです。
だって、遠いとどこを指さしてるかわからないじゃないですか。
これは偶然なんです。
「ん~、ここか~。まあ、小説の書き方って、いかにわかりやすく、かつ、情緒豊かに物語を彩るかってことだから、ちょっと堅苦しい?のかなって思うかな~」
「そう、ですか……じゃあ、全体を通して情景描写を変えてもいいかもですね。ありがとうございます」
「いいよ、別に大したこと言ってないし、受け売りだしな」
「受け売りでも言葉を言う時には多かれ少なかれその言葉を発する人の気持ちが入りますよ?」
「ん~、そうだな。まあ、解釈の違いってのもあるしな。あ、そうだ。ぼく、もう帰るけど、まだ残って手直しする感じか?」
「ええ、まあ、忘れないうちに直そうかなと……」
「ん~、じゃあ、これ、まだ飲んでないし上げるよ、レモンティー」
「え、あ、ありがとうございます」
そう言って彼は、リュックを持って部室から出た。
——……ホント、物忘れのひどい先輩。
一口さっき飲んだじゃん……。
間接キスじゃん。
——ホント、飽き性な後輩。
前にぼくに『わかりやすく情緒豊かに描くのが小説です、あなたのはなってません。これは感情論でも根性論でもなく事実です!』って言ってたじゃん。
感情論じゃん。
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